医者になりたくなかった私が、精神科医になった理由

仁泉堂医院

仁泉堂ブログ「あるがままを生きる」が、400回を迎えました。

2024年9月7日に最初の記事を投稿してから、ちょうど2年。
最初は毎日更新していましたが、同年11月から2日に1回の更新に切り替えました。

その結果、偶然にも「400回」と「2周年」が同じ日に重なることになりました。

せっかくの記念号ですので、今回は少し趣向を変えて、私がなぜ精神科医になったのかを書いてみようと思います。

「医者になりたくない」

私が医学部にいた頃は、5年生から臨床実習が始まるカリキュラムでした。

各科を2週間ずつ回り、入院患者さんを1~2名担当します。研修医と一緒に診察をさせてもらいながら、レポートを作成する。それを各科で繰り返していきます。

ところが、実習が始まって最初の1か月ほどで、私は「病院で仕事をしたくない」と思うようになりました。

特に抵抗があったのが、教授回診とカンファレンスです。

何が嫌だったのか、今でもうまく言葉にすることができません。

ただ、なんとなく嫌だったのです。

夏休みになり、基礎実習でお世話になったウイルス学のH教授のところへ相談に行きました。

「医者になりたくないのですが、卒業したら、医者にならずに研究することはできますか」

そんなことを尋ねたのだと思います。

H教授は、

「せっかく医学部に入ったのだから、まず医者になりなさい。実際の患者さんを診て、そこで疑問に思ったことを研究する。それが医学研究の役割です」

というようなことをおっしゃって、私に医者になることを勧めてくださいました。

精神科で見たキャッチボール

夏休みが明けて、9月だったと思います。

精神科の実習を回ることになりました。

そのときのことは、今でもよく覚えています。

私が担当した患者さんを受け持っていた研修医のN先生が、あるとき患者さんと一緒に屋外へ出て、キャッチボールを始めたのです。

たとえではありません。

本当の軟式野球のキャッチボールです。

精神科の患者さんと医者が、外で普通にキャッチボールをしている。

その光景を見た瞬間、

「ここだ」

と思いました。

精神科医になろうと決めたのです。

その後、一通りの実習を終え、卒業試験、国家試験にも合格し、2002年に医師免許を取得しました。

そして、そのまま群馬大学精神科神経科の研修医になりました。

今回は、ここまでにしておきたいと思います。

その後の私は、大学院で4年間、脳科学の研究をしました。

精神科の診断学や症状学を突き詰めた時期が3~4年ほどあり、その後、家族療法の臨床に約10年間、没頭しました。

そして、最終的に森田療法に辿り着きます。

このあたりの話は、また機会があれば書いてみたいと思います。

「医者だけれど、医者の力を振るわない」

振り返ってみると、私はもともと「医者になること」に強い抵抗を感じていました。

そこから、研究をし、臨床を経験し、精神医学の生物学的な基盤を学び、診断や症状について考え、家族療法を実践し、森田療法に出会った。

20年以上にわたる精神科医療の経験を重ねる中で、ようやく今の自分のところまでたどり着いたように思います。

それは、

「医者の権威や権限を振るうことができる。でも、それをしない」

というところです。

医者という仕事は、命を助ける、健康を守るという大切な役割を担っています。

その一方で、「健康のため」「治療のため」「社会に適応するため」という名のもとに、人間の自然な生き方を曲げてしまうこともあります。

不自然なことを求めなくてはならない場面も、もちろんあります。

しかしながら、その不自然さそのものが、人間の「こころ」を苦しめていることもある。

そこは、忘れてはいけないのではないかと思っています。

寿命を延ばすために、自由を制限しなければならないことがある。

社会に適応するために、自分の自然なあり方を否定するようになることもある。

では、どうすればいいのか。

私は、自分自身のあり方と、20年以上にわたる精神科医としての経験をもとに、

医者でありながら、できるだけ不自然なことを通さず、その人の自然な心の動きを大切にする。

そんな臨床を実践したいと思うようになりました。

だから、現代の精神科医やメンタルクリニックに対する一般的なイメージと、私自身の診療には、少し距離があるのかもしれません。

このブログ「あるがままを生きる」は、その距離を埋めるための、皆さんへのメッセージでもあります。

そして同時に、私自身が、自分の臨床や生き方について、できるだけ言葉にして理解してみようという試みでもあります。

2日に1回の更新。

正直なところ、アイデアが思いつかず、苦しいときもあります。

それでも続けてこられたのは、これもまた、私にとっての「事実本位の行動」の一つだからだと思います。

ある意味では、私自身の「宿題」です。

400回を迎えた今日も、これまでと同じように、目の前のことを一つずつ。

そして、これからも「あるがままを生きる」を、書き続けていきたいと思います。

400回、2周年。

ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。

そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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