仁泉堂医院

子どもの問題に向き合う前に——まず大人の心を整える

学校医として相談を受ける中で、私は一つのことを強く感じています。子どもの行動を語る前に、大人自身の心の有り様が問われている。自傷、暴れる、登校を拒む——子どもの行動の意味を急いで解こうとする前に、まず大人の心にどんな感情が生じたのかを確かめ...
日常

「死んでいるのに、生きていることになっている」

トレイルランニング仲間が冗談まじりに言いました。「もし山で死んで、遺体が見つからないとさ。法的には“死亡”にならなくて、ローンの補償も降りないんだよ。家族に迷惑かけるから、発信機つけてるんだ。」その瞬間、胸の奥に奇妙な引っかかりが残りました...
仁泉堂医院

学びと雑巾 ― 心の吸収力を保つということ

年齢を重ねると「新しいことが入ってこない」と感じることがあります。けれど学びとは知識量ではなく、心の吸収力のことだと私は思います。心は雑巾に似ています。乾いていればよく吸い、濡れすぎればもう吸えません。疲れ・焦り・余裕のなさで心がいっぱいだ...
人間・社会

「好き嫌いをするんじゃありません!」と言われて育つと

多くの人が、子ども時代に言われた経験があるかもしれません。「好き嫌いをするんじゃありません!」この言葉には、大人の側の善意が込められています。栄養を摂ってほしい、偏りなく育ってほしい。その思い自体は、とても自然なものです。しかし、子どもの心...
人間・社会

「良い/悪い」を離れると、罪悪感は薄れていく

前回の記事では、「良い・悪い」で物事を裁くのではなく、「好き・嫌い」に意識を向けてみるという話をしました。実はこの視点の転換には、もう一つ大切な変化があります。それは、日々の罪悪感が少しずつ薄れていくということです。■罪悪感は“良い・悪い”...
森田療法

「良い/悪い」ではなく、「好き/嫌い」で生きてみる

精進料理は良い食べ物でしょうか。コーラは悪い飲み物でしょうか。こうした問いかけには、つい「良い」「悪い」で答えを決めたくなります。けれど私は、どちらも良くも悪くもなく、場面や頻度によって意味が変わるものだと思っています。世の中の多くのことは...
日常

トレイルレースのボランティアに参加して気づいたこと

先日、群馬県藤岡市鬼石で開催されたトレイルレースに、ボランティアスタッフとして参加しました。普段は選手として走ることが多いのですが、トレイルランニングを続ける中で、ボランティアとして関わることにも、別の面白さがあると感じるようになりました。...
人間・社会

「私が私であり続けるために、変わり続ける」——生物に宿るパラドックス

私たちの体は、じっとしているように見えて、実は静かに作り替えられています。皮膚の細胞は数週間で入れ替わり、腸の粘膜は数日で生まれ変わる。細胞そのものが変わらなくても、その中のタンパク質や分子は、日々壊され、また作られています。生命とは、破壊...
日常

「上がらなくなった心拍」——静かに進む変化を感じる

このところ、走っていて不思議な変化を感じています。9kmのペース走を4分20秒/kmで走っても、心拍が135〜140しか上がらなくなりました。少し前までは150台だったのに、です。呼吸も乱れず、余裕をもって走れてしまう。最初は、「疲れている...
仁泉堂医院

冬のはじまりに思うこと

冬になると、診療が始まる前に、ふと不安になることがあります。「今日一日、診療をやり切れるだろうか」——そんな、根拠のない心許なさです。特に何か気掛かりなことがあるわけでもない。けれど、夏のあいだは意識せずにスタートを切れていたのに、この時期...
仁泉堂医院

子どもの問題に向き合う前に——まず大人の心を整える

学校医として相談を受ける中で、私は一つのことを強く感じています。子どもの行動を語る前に、大人自身の心の有り様が問われている。自傷、暴れる、登校を拒む——子どもの行動の意味を急いで解こうとする前に、まず大人の心にどんな感情が生じたのかを確かめ...
仁泉堂医院

学びと雑巾 ― 心の吸収力を保つということ

年齢を重ねると「新しいことが入ってこない」と感じることがあります。けれど学びとは知識量ではなく、心の吸収力のことだと私は思います。心は雑巾に似ています。乾いていればよく吸い、濡れすぎればもう吸えません。疲れ・焦り・余裕のなさで心がいっぱいだ...
仁泉堂医院

冬のはじまりに思うこと

冬になると、診療が始まる前に、ふと不安になることがあります。「今日一日、診療をやり切れるだろうか」——そんな、根拠のない心許なさです。特に何か気掛かりなことがあるわけでもない。けれど、夏のあいだは意識せずにスタートを切れていたのに、この時期...
仁泉堂医院

与えないことの意味 〜ともに作業をするという心理療法〜

仁泉堂では、薬も診断書も出しません。それは、「与えること」が人の自然な回復の力を覆い隠してしまうことがあるからです。薬や診断、助言や慰めといった“与える行為”は、一見すると優しさや支援のように見えます。けれども、その背後には「与える側」と「...
仁泉堂医院

行動の中から生まれるもの

仁泉堂で続けている「清掃セラピー」は、もともと私と患者さんとの診察の中での対話から生まれました。「一緒に何か体を動かすことをしてみたい」という話がきっかけで、外に出て掃除をしてみようという流れになりました。やってみると、不思議なもので、掃除...
人間・社会

「できない」ではなく、「しない」という自由

以前、「“できない”という言い方をやめてみよう」というテーマでブログを書いたことがあります。たとえば「朝起きられない」というのは、実際には「起きようと思えば起きられるけれど、起きないでおこうと選んでいる」という行動の問題として見ることができ...
仁泉堂医院

薬を「なるべく使わない治療」と「全く使わない治療」の違い

薬はなるべく使いたくない——そう考える患者さんや医師は少なくありません。実際、薬の使用を最小限にとどめ、自然な回復力を生かしたいという願いは、誰にとっても共感できるものです。しかし、治療が行き詰まったとき、医師も患者も、つい薬に意識が向いて...
仁泉堂医院

メディカルランナーとしての10kmレース

本日、10kmのレースにメディカルランナーとして出場しました。コース上では、途中2名のランナーが道の横に逸れて歩いているのを見かけ、体調を確認しました。幸い、お二人とも「歩けば回復できそう」とのことだったので、そのまま走り続けました。医療者...
仁泉堂医院

他人のために尽くすときに忘れてはいけないこと

「子どものために」「家族のために」「困っている人のために」――そう思うと、人は驚くほどの力を発揮します。子どもの弁当を作るために早起きしたり、職場で身を粉にして働いたり、そうした姿は一見美談として語られます。けれども、その一方で、自分の食事...
仁泉堂医院

助言をどう受け取るか

診療の場で、行動の改善点をお伝えするとき、しばしば次のような反応があります。「それはできません」と、行動を回避する「自分は悪くない」と、正当性を主張する運動や栄養の指導をしても、一度試しただけで「効果がなかった」と結論づける指示通りにやった...
日常

「死んでいるのに、生きていることになっている」

トレイルランニング仲間が冗談まじりに言いました。「もし山で死んで、遺体が見つからないとさ。法的には“死亡”にならなくて、ローンの補償も降りないんだよ。家族に迷惑かけるから、発信機つけてるんだ。」その瞬間、胸の奥に奇妙な引っかかりが残りました...
仁泉堂医院

学びと雑巾 ― 心の吸収力を保つということ

年齢を重ねると「新しいことが入ってこない」と感じることがあります。けれど学びとは知識量ではなく、心の吸収力のことだと私は思います。心は雑巾に似ています。乾いていればよく吸い、濡れすぎればもう吸えません。疲れ・焦り・余裕のなさで心がいっぱいだ...
日常

トレイルレースのボランティアに参加して気づいたこと

先日、群馬県藤岡市鬼石で開催されたトレイルレースに、ボランティアスタッフとして参加しました。普段は選手として走ることが多いのですが、トレイルランニングを続ける中で、ボランティアとして関わることにも、別の面白さがあると感じるようになりました。...
日常

「上がらなくなった心拍」——静かに進む変化を感じる

このところ、走っていて不思議な変化を感じています。9kmのペース走を4分20秒/kmで走っても、心拍が135〜140しか上がらなくなりました。少し前までは150台だったのに、です。呼吸も乱れず、余裕をもって走れてしまう。最初は、「疲れている...
仁泉堂医院

冬のはじまりに思うこと

冬になると、診療が始まる前に、ふと不安になることがあります。「今日一日、診療をやり切れるだろうか」——そんな、根拠のない心許なさです。特に何か気掛かりなことがあるわけでもない。けれど、夏のあいだは意識せずにスタートを切れていたのに、この時期...
日常

ぐんまマラソン10km 自己ベスト更新のご報告

11月3日に開催された「ぐんまマラソン10kmの部」に出場し、39分43秒で自己ベストを更新しました。10kmを40分を切って走りきる――これは、半年前にはまだ遠い目標でした。レースでは、最初の1kmを落ち着いて入り、前半は1kmあたり4分...
日常

眠れない朝に

最近は、朝、布団から出づらい日が続いていました。気づけば外はまだ暗く、もう少し寝ていたいなと思うことが多いです。今朝は、なぜか4時前に目が覚めてしまいました。もう一度眠ろうとしましたが、どうにも眠れず、思い切って起きてみることにしました。外...
日常

相性が良すぎるということ

私はトレイルランニングシューズの中で、〈アルトラ・ローンピーク9+〉が飛び抜けて相性が良いと感じています。足を入れた瞬間から、自分の体の一部になったかのような一体感があり、自然と前に進める感覚があります。ただし、ソールが浅めなため、岩の尖り...
日常

冬の眠気と重たさを受け入れながら

最近は、睡眠時間にかかわらず、毎日とにかく眠くて仕方がありません。朝も眠いし、昼にもついウトウトしてしまいます。気温が急に下がってきたこともあり、いよいよ私の苦手な冬の季節がやってきたようです。今日は非常勤先の病院での宿直明けでした。午前中...
日常

障害物は、人生の一部としてあるもの

トレイルを走っていて、横に伸びていた太い枝に頭を思い切りぶつけたことがある。「しまったなあ」と思いつつ、そのまま通り過ぎた。もしこれが街中だったらどうだろう。工事現場の鉄パイプに頭をぶつけたなら、「頭上注意の札くらい付けておいてよ」と不満の...
人間・社会

「好き嫌いをするんじゃありません!」と言われて育つと

多くの人が、子ども時代に言われた経験があるかもしれません。「好き嫌いをするんじゃありません!」この言葉には、大人の側の善意が込められています。栄養を摂ってほしい、偏りなく育ってほしい。その思い自体は、とても自然なものです。しかし、子どもの心...
人間・社会

「良い/悪い」を離れると、罪悪感は薄れていく

前回の記事では、「良い・悪い」で物事を裁くのではなく、「好き・嫌い」に意識を向けてみるという話をしました。実はこの視点の転換には、もう一つ大切な変化があります。それは、日々の罪悪感が少しずつ薄れていくということです。■罪悪感は“良い・悪い”...
森田療法

「良い/悪い」ではなく、「好き/嫌い」で生きてみる

精進料理は良い食べ物でしょうか。コーラは悪い飲み物でしょうか。こうした問いかけには、つい「良い」「悪い」で答えを決めたくなります。けれど私は、どちらも良くも悪くもなく、場面や頻度によって意味が変わるものだと思っています。世の中の多くのことは...
仁泉堂医院

行動の中から生まれるもの

仁泉堂で続けている「清掃セラピー」は、もともと私と患者さんとの診察の中での対話から生まれました。「一緒に何か体を動かすことをしてみたい」という話がきっかけで、外に出て掃除をしてみようという流れになりました。やってみると、不思議なもので、掃除...
人間・社会

「しない」と言える静かな強さ

「できるけど、しない」という言葉を聞くと、それをただの“言い訳”や“逃避”のように感じる人もいるかもしれません。しかし、ここで言いたいのは、口先の宣言ではなく、内側にある確かな感覚のことです。「しない」と言えるためには、「できる」が必要本当...
森田療法

パラドックスの力 ― 徹底の果てに見えるもの

世の中には、一見すると矛盾しているように見えて、実は深い真理を含んでいる現象があります。いわゆる「パラドックス(逆説)」です。入院森田療法の「絶対臥褥」も、その代表例でしょう。患者は動くことを禁じられ、ただ横になって過ごします。一見、非生産...
森田療法

「熟睡信仰」にとらわれない

「熟睡できなかった次の日は眠い、熟睡できればスッキリ起きられる」そう信じている人は多いように思います。けれど私自身は、熟睡できた翌日の午前中ほど、むしろ眠気を感じることがよくあります。それでも、仕事の能率が落ちるわけではありません。体はまだ...
森田療法

流れに導かれて動くとき

先日、森田療法学会に参加してきました。発表のことはひとまず置いておいて、印象に残ったのは、学会懇親会で偶然隣に座った先生との出会いでした。話題は「内発的な行動は、どのように生じるのか?」というテーマ。お互いの臨床経験をもとに議論が盛り上がり...
仁泉堂医院

他人のために尽くすときに忘れてはいけないこと

「子どものために」「家族のために」「困っている人のために」――そう思うと、人は驚くほどの力を発揮します。子どもの弁当を作るために早起きしたり、職場で身を粉にして働いたり、そうした姿は一見美談として語られます。けれども、その一方で、自分の食事...
仁泉堂医院

助言をどう受け取るか

診療の場で、行動の改善点をお伝えするとき、しばしば次のような反応があります。「それはできません」と、行動を回避する「自分は悪くない」と、正当性を主張する運動や栄養の指導をしても、一度試しただけで「効果がなかった」と結論づける指示通りにやった...
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