先日の森田療法勉強会は、私自身にとって、また新たな体験になりました。そこから私の中に生じたものを是非書き留めておきたいと思い、本日から3回に分けて掲載します。
森田療法では、「体験」が大切にされます。
精神分析では、しばしば「意識」「無意識」という言葉が用いられます。しかし、「体験」という言葉について考えてみると、「意識的な体験」と「無意識的な体験」にあえて分ける必要があるのだろうかという疑問が生まれました。
私たちが何かを体験するとき、そのすべてを意識しているわけではありません。
たとえば、歩くということを考えてみても、「右足をこう動かして、次に左足を……」などと、一つひとつ意識しながら歩いているわけではありません。身体は、これまでの体験をもとに、自然に動いています。
もちろん、何かを始めるときには意識が関わります。
「今日は歩いてみよう」
「やってみよう」
「こちらを選んでみよう」
そのように考えることはあります。
しかし、実際に体験している最中のことを、すべて意識してコントロールしているわけではありません。
むしろ、意識でコントロールしようとしすぎると、かえってうまくいかなくなることがあります。
森田療法で大切なのは、「意識的に行動すること」そのものではなく、新しい体験を重ねていくことなのではないかと思います。
「こう行動しなければならない」と自分を動かすのではなく、目の前の状況の中で、実際にやってみる。
そして、その結果として生じたことを、そのまま体験していく。
それでよいのではないでしょうか。
「行動する」という言葉には、どうしても「自分の意思で何かをする」というニュアンスがあります。
それに対して「体験する」という言葉には、自分がすべてをコントロールする必要がないという余白があります。
やってみたら、こうなった。
思っていたのとは違った。
意外とうまくいった。
うまくいかなかったけれど、何とかやり過ごした。
そうした一つひとつが、体験です。
森田療法において重要なのは、「意識的に狙い通りの行動」を積み重ねることではなく、その人自身の新たな体験が積み重なっていくことなのではないか。
私は、そんなふうに考えています。
そして、その体験は、必ずしも意識して覚えておく必要もないのではないでしょうか。
次回は、そのことを「自転車」の話から考えてみたいと思います。

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