人生は100点でない方が安全

人間・社会

テストの点数なら、80点より100点のほうが優れているように見えます。

不正解があると、がっかりすることもあるでしょう。
できれば、すべて正解したいと思うのも自然なことです。

ところが、性格や人生、人間関係については、必ずしもそうとは限りません。

むしろ「満点を取ること」が、かえって生きづらさにつながることもあります。

たとえば、周囲から好かれ、仕事もよくできて、「非の打ち所がない人」と言われる人がいたとします。

あなたは、そのような人になりたいでしょうか。

もちろん、周囲から評価されることには、それなりの利益や心地よさがあります。
しかし、そこでの「100点」は、あくまでも、ある条件の中での100点です。

日本社会の中では100点だった人が、別の国で暮らすことになれば、そのまま100点でいられるとは限りません。むしろ、それまで身につけてきた「正しい振る舞い」が、うまく通用しないこともあるでしょう。

海外に行かなくても同じことは起こります。

1990年代の日本で「100点に近い人」として評価されていた人が、今の時代に生きると、以前にはなかった難しさを感じることがあるかもしれません。

家庭の中でも同じです。

自分の育った家庭で、家族にとって「100点満点の良い子」であろうとすればするほど、そこから離れたときに苦労することがあります。

家族の中では正解だった振る舞いが、学校や職場、あるいは別の人間関係の中では、必ずしも正解とは限らないからです。

そう考えてみると、「不正解」は、それほど悪いものではないのかもしれません。

80点だったからこそ、残りの20点には、その人がまだ知らないやり方や、別の可能性が残されています。

失敗したり、周りから好かれなかったり、思ったようにできなかったりすることもあります。

それは、テストでいう「不正解」とは少し違います。

私たちには、刻々と変わっていく環境の中で、新たな生き方を生み出す余地が必要だからです。

人生では、いつでも100点を取る必要はありません。

むしろ、100点ではないところに、その人がその人なりに生きていく余地が残されているのだと思います。

「間違えてはいけない」と思いすぎているときには、80点くらいでもいいのかもしれません。

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