森田療法では、「よりよく生きたい」「もっと健康でありたい」「人とうまく付き合いたい」「何かを成し遂げたい」といった、人間が本来持っている欲望を「生の欲望」と考えます。
この生の欲望は、私たちが行動を起こす原動力になります。
一方で、思うようにならないかもしれないという不安や、失うことへの恐怖の源にもなります。
つまり、生の欲望は、私たちを前へ進ませる力にもなれば、不安や恐怖を生み出す力にもなり得るのです。
行動が流れているとき
日常の中で、行動が自然に次から次へと展開しているとき、私たちは悩みを抱えていても、それだけにとらわれ続けることはありません。
不安がありながらも仕事をする。
気になることがありながらも家事をする。
心配を抱えながらも、人と会う。
そうしているうちに、一日は過ぎていきます。
悩みが完全になくなったから行動できるのではありません。悩みがありながらも、生活の流れが続いているのです。
しかし、何らかの理由で行動が止まってしまうと、少し様子が変わってきます。
本来なら次の行動へと向かうはずだった生の欲望が、不安や恐怖のほうへ流れてしまうのです。
「どうしてこんなに不安なのだろう」
「このままで大丈夫なのだろうか」
「もっと考えなければならないのではないか」
こうして、心の中の問題にエネルギーが集中していきます。
神経質性格には、少しコツがいる
生の欲望は、誰にでもあるものです。
しかし、神経質性格の私たちの場合、その力を行動の原動力として使っていくためには、少しコツが必要です。
もともと慎重で、変化に敏感です。小さなことにもよく気がつきます。そして、物事を中途半端にしたくなく、完全を目指しがちです。
これは決して悪いことばかりではありません。
ただ、その慎重さゆえに、一度不安が生じると、次の行動へ移りにくくなることがあります。
「もう少し考えてから」
「不安がなくなってから」
「本当に意味があることなのか、確認してから」
そうして行動を止めているうちに、不安はさらに強くなっていきます。
行動できないから不安になる。不安になるから、ますます行動できなくなる。
神経質性格の人には、このような悪循環が生じやすいのです。
生の欲望を行動に使うためのコツ
では、生の欲望を苦悩のほうではなく、行動の原動力として使っていくには、どうすればよいのでしょうか。
私は、次の二つが大切だと思っています。
「不安や恐怖を感じつつも、行動すること」
そして、
「意味を追求しすぎずに、行動すること」
です。
「不安が軽くなってから行動しよう」と考えていると、なかなか動き出すことができません。
不安があるからこそ、動いてみる。
また、「こんな小さなことをしても意味がない」と考えて、行動を選んでいると、最初の一歩が出なくなります。
意味があるかどうか、効果があるかどうかを十分に確かめてから始めるのではなく、とりあえずやってみる。
一見すると意味がないように見えることでも、試してみる。
神経質性格の人にとっては、この「まず動いてみる」という姿勢が、とても大切なのだと思います。
人によって、前に進む原動力は違う
世の中には、「自分はできる」と強く思い込むことで、多少の困難があっても先へ進んでいける人がいます。
怒りを原動力にする人もいます。悲しみや喜び、興奮といった感情の勢いで行動できる人もいます。
そうした人たちの生き方が悪いということではありません。
ただ、神経質性格の人が、その人たちと同じようにしようとしても、うまくいかないことがあります。
「自信を持ちなさい」
「気にしなければいい」
「前向きに考えよう」
と言われても、そう簡単にはできないからです。
むしろ神経質性格の私たちには、
「不安があっても、動いてみる」
「一見、意味がないように見えても、試してみる」
というほうが、現実的なのだと思います。
不安を消すことを目指すのではなく、不安があっても次へ進む。
完璧な意味や確信を求めるのではなく、小さくても手を動かしてみる。
そうすることで、生の欲望が、苦悩を大きくする方向ではなく、生活を前へ進める力として使われていくのではないでしょうか。
仁泉堂を訪れる神経質性格の仲間たちとは、時々「神経質あるある」の話で盛り上がります。
「そうそう、そこまで考えちゃうんですよね」
そんなふうに笑い合えることもあります。
神経質であること自体が問題なのではありません。
その性格を持ったまま、不安や迷いに足を止められすぎず、次の行動へ移っていく。
神経質の皆さんには、ぜひ、
「不安があっても、動いてみる」
「意味があるかわからなくても、試してみる」
この二つのコツを、日常の中で実践してみていただきたいと思います。

コメント