私が中学生の頃、国語の授業で百人一首を学びました。高校時代には校内のかるた大会で準優勝したこともあり、百人一首は私にとって身近な存在です。今では数首しか暗記していませんが、先日、患者さんのお子さんがかるた部に所属しているという話をきっかけに、久しぶりに百人一首を一首ずつ読み返してみました。
読んでいて改めて感じたのは、昔の人々の感情表現の豊かさです。
現代では、「不安」「ストレス」「落ち込み」といった言葉で気持ちを表現することが多くなりました。もちろん便利な言葉ですが、その一言では表しきれない感情も少なくありません。
百人一首の歌人たちは、心の動きを直接説明するのではなく、鹿の鳴く声、月の光、明け方の空に残る有明の月、秋の夕暮れ、乱れた髪、涙で濡れた袖といった情景を通して表現しました。
悲しい、寂しい、切ない、恋しい――そうした感情が自然や風景と重なり合うことで、単なる説明以上の深みを持って伝わってきます。
本来、人間の感情は複雑です。「不安」と呼ばれるものの中にも、恐れ、期待、未練、戸惑い、孤独など、さまざまな要素が含まれています。それらを一つの言葉で整理するよりも、具体的な出来事や情景、身体感覚を交えながら語った方が、むしろ実感に近づけることがあります。
仁泉堂の診察でも、私はすぐに出来事を概念的に整理したり、診断名や心理学用語で説明したりすることを急がないようにしています。
「その時、どんな景色が見えましたか」
「体はどんな感じでしたか」
「どんな言葉が頭に浮かびましたか」
そんなふうに、感覚や感情を丁寧に語っていただくことを大切にしています。
人間の体験は、本来とても主観的なものです。その主観を丁寧に扱うことで、自分自身の気持ちが少しずつ見えてくることがあります。
また、感情や体験を細やかに表現できるようになると、物事を単純に「善か悪か」「正しいか間違っているか」で判断する必要も少なくなります。
百人一首の世界には、人間の複雑な心をそのまま受け止める知恵があります。
忙しい日々の中で、自分の気持ちを「ストレス」の一言で済ませてしまうこともあるでしょう。そんな時こそ、少し立ち止まり、自分の中にある感覚や情景に耳を傾けてみる。百人一首を読み返しながら、そんなことを考えたのでした。

コメント