私は時々、「誰もがその時に必要なだけ頑張ればよい社会になったらいいのに」と思うことがあります。
私たちの社会には、「健康な人は頑張るべき」という前提があるように感じます。
仕事で疲れていても、接客業であれば笑顔を求められることがあります。人を支える仕事に就いている人は、自分自身がつらい時でも、相手の気持ちを受け止めることを期待されることがあります。
もちろん、仕事には責任がありますし、誰もが自分の役割を果たそうと努力しています。しかし、人間は機械ではありません。その日の体調や気力、家庭の事情などによって、普段通りにできない日もあります。
一方で、病気や障害が認められると、「無理をしなくていい」「休んでいい」と言われることがあります。
もちろん、それは大切な配慮です。ただ、その境界線は思っているほどはっきりしたものではないようにも思います。
健康と病気は白黒ではなく、連続したものです。
診断名がついていなくても、心や体が疲れ切っている人はいます。反対に、病気を抱えながらも、自分なりにできることに取り組んでいる人もいます。
本来は、「健康だから頑張る人」「病気だから頑張らなくてよい人」と分けるのではなく、一人ひとりのその時の状態を見ながら考えられる社会の方が自然なのかもしれません。
今日は少し余裕があるから頑張れる。
今日は疲れているから、できる範囲でやろう。
そんなふうに、自分の体や心の状態に耳を傾けながら生きることができれば、必要以上に自分を責めることも減るでしょう。
森田療法では、「あるがままの事実から出発する」ことを大切にします。
今の自分の状態を良い悪いで評価するのではなく、「今日はこういう状態なのだな」と認める。そして、その状態でできることに取り組んでいく。
元気な日もあれば、そうでない日もある。それは誰にでも起こる自然なことです。
がんばれる日は頑張る。がんばれない日は、できる範囲でやる。
そんな当たり前のことが、もう少し当たり前に認められる社会になればいいなと思います。

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