人は、それぞれ違う価値観や立場を持っています。
だからこそ、誰かと一緒に生きることは、簡単なことではありません。
意見が合わない相手に対して、「距離を取りたい」「できれば関わりたくない」と感じることは、誰にでもあるものです。
そして人間は昔から、家族、仲間、地域、組織など、似た者同士で集まりながら、異なる相手を遠ざける仕組みを繰り返してきました。
それは歴史の中だけの話ではありません。
現代社会でも、職場や学校、SNSなど、私たちの日常のあちこちで見られることです。
では、価値観の異なる人同士が共に生きるためには、何が役に立つのでしょうか。
私は、その一つが「共に何かをすること」だと思っています。
たとえば職場では、考え方も性格もまったく違う人と、一緒に仕事をすることがあります。
「友人にはなれないかもしれない」と感じる相手とも、同じ作業に取り組むことで、ある程度の共存が成り立っています。
これは、単に「仲良くする」という話ではありません。
同じ方向を向いて、何かを行うこと自体に、人と人をつなぐ力があるのだと思います。
実際に、ルワンダのジェノサイド後の和解の取り組みにおいても、加害者と被害者が共に作業を行うプログラムの有効性が報告されています。
深い複雑な感情を抱えた人同士が、心理的な和解を急ぐのではなく、まず身近な作業を共に行うのです。
詳しくは、南先生による、ルワンダにおけるジェノサイド後の和解支援の報告をご覧ください。 Minami, Masahiro (2019). Action-based psychosocial reconciliation approach: Canadian counselling psychological contribution to interpersonal reconciliation in post-genocide Rwanda 。
この視点は、人間の内面にも当てはまるように感じます。
私たちの中には、さまざまな気持ちがあります。
「頑張りたい自分」と「休みたい自分」。
「人に優しくしたい自分」と「傷つきたくない自分」。
いわゆる葛藤とは、こうした異なる価値観や立場を持つ “自分の中の成分同士” が対立している状態とも言えるでしょう。
そして私たちは、ときに自分の一部を「こんな気持ちは消したい」と排除しようとします。
しかし、森田療法では、不安や弱さ、矛盾した気持ちを完全になくすことを目指しません。
そうしたものを抱えたまま、生活を続けていくことを大切にします。
そのために重要になるのが、「行動」です。
頭の中で気持ちを整理し切ってから動くのではなく、さまざまな思いを抱えたままでも、生活の中で体を動かしていく。
掃除をする。
仕事をする。
誰かと関わる。
食事を作る。
自然の中を歩く。
そうした行動の中で、対立していた心の成分たちが、少しずつ「同じ方向に力を使う」ようになっていくことがあります。
森田療法は、行動を特に重視します。
それは、人が、矛盾や葛藤を抱えながらも、生活を続けていく存在だからなのです。

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