仁泉堂医院

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子どもの問題に向き合う前に——まず大人の心を整える

学校医として相談を受ける中で、私は一つのことを強く感じています。子どもの行動を語る前に、大人自身の心の有り様が問われている。自傷、暴れる、登校を拒む——子どもの行動の意味を急いで解こうとする前に、まず大人の心にどんな感情が生じたのかを確かめ...
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学びと雑巾 ― 心の吸収力を保つということ

年齢を重ねると「新しいことが入ってこない」と感じることがあります。けれど学びとは知識量ではなく、心の吸収力のことだと私は思います。心は雑巾に似ています。乾いていればよく吸い、濡れすぎればもう吸えません。疲れ・焦り・余裕のなさで心がいっぱいだ...
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冬のはじまりに思うこと

冬になると、診療が始まる前に、ふと不安になることがあります。「今日一日、診療をやり切れるだろうか」——そんな、根拠のない心許なさです。特に何か気掛かりなことがあるわけでもない。けれど、夏のあいだは意識せずにスタートを切れていたのに、この時期...
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与えないことの意味 〜ともに作業をするという心理療法〜

仁泉堂では、薬も診断書も出しません。それは、「与えること」が人の自然な回復の力を覆い隠してしまうことがあるからです。薬や診断、助言や慰めといった“与える行為”は、一見すると優しさや支援のように見えます。けれども、その背後には「与える側」と「...
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行動の中から生まれるもの

仁泉堂で続けている「清掃セラピー」は、もともと私と患者さんとの診察の中での対話から生まれました。「一緒に何か体を動かすことをしてみたい」という話がきっかけで、外に出て掃除をしてみようという流れになりました。やってみると、不思議なもので、掃除...
人間・社会

「できない」ではなく、「しない」という自由

以前、「“できない”という言い方をやめてみよう」というテーマでブログを書いたことがあります。たとえば「朝起きられない」というのは、実際には「起きようと思えば起きられるけれど、起きないでおこうと選んでいる」という行動の問題として見ることができ...
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薬を「なるべく使わない治療」と「全く使わない治療」の違い

薬はなるべく使いたくない——そう考える患者さんや医師は少なくありません。実際、薬の使用を最小限にとどめ、自然な回復力を生かしたいという願いは、誰にとっても共感できるものです。しかし、治療が行き詰まったとき、医師も患者も、つい薬に意識が向いて...
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メディカルランナーとしての10kmレース

本日、10kmのレースにメディカルランナーとして出場しました。コース上では、途中2名のランナーが道の横に逸れて歩いているのを見かけ、体調を確認しました。幸い、お二人とも「歩けば回復できそう」とのことだったので、そのまま走り続けました。医療者...
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他人のために尽くすときに忘れてはいけないこと

「子どものために」「家族のために」「困っている人のために」――そう思うと、人は驚くほどの力を発揮します。子どもの弁当を作るために早起きしたり、職場で身を粉にして働いたり、そうした姿は一見美談として語られます。けれども、その一方で、自分の食事...
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助言をどう受け取るか

診療の場で、行動の改善点をお伝えするとき、しばしば次のような反応があります。「それはできません」と、行動を回避する「自分は悪くない」と、正当性を主張する運動や栄養の指導をしても、一度試しただけで「効果がなかった」と結論づける指示通りにやった...
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