語られないことを、どう聴くか

仁泉堂医院

診療所内で、休診のお知らせを印刷する作業をスタッフにお願いしました。ところが、うまく印刷されなかったのです。

その報告を受けて様子を見に行くと、何度か印刷を試みているものの、やはりうまくいきません。

問題がプリンターにあるのか、それともファイルそのものにあるのかを判断しようと思い、状況について詳しく尋ねました。しかし、判断に必要な情報は得られませんでした。

そこで、別のファイルを印刷してみると、問題なく印刷できました。どうやら、今回作成したファイルに原因がありそうです。

新しいファイルを立ち上げ、内容をコピー&ペーストして作り直したところ、今度は問題なく印刷できました。

すると、その作業をしていたスタッフが、ふと思い出したように話してくれました。

「そういえば、作成中にファイルがクラッシュしました。復元しますか?というメッセージが出たんです」

なるほど、それが原因だったのかもしれません。

ここで、私が気づいたことがあります。

人は案外、大切な出来事であっても、それを「意味がある」と感じていなければ、忘れてしまったり、そもそも報告しなかったりするものなのだということです。

スタッフにとっては、ファイルのクラッシュと印刷できないことが結びついていなかったのでしょう。だから、最初の報告では、その出来事が話題に上らなかったのだと思います。

これは、医師が患者さんを診察するうえでも、気をつけなければならないことだと思います。

患者さんから聞いた話だけをもとに状況を推察し、判断しようとすると、勘違いや見落としが生じる可能性があります。

身体を主に扱う診療科では、血液検査や画像検査など、客観的な情報を得る手段が数多くあります。そのため、患者さん自身の報告だけに頼らず、複数の情報を照らし合わせながら判断することができます。

一方、精神科では、診断に役立つ客観的な検査手段が限られています。それだけに、患者さんの語りは重要な情報源になります。しかし、そこには患者さん自身の視点による取捨選択が含まれていることを忘れてはなりません。

患者さんが話してくれたことが、その方の体験のすべてではありません。本人にとって重要だと思えることが語られる一方で、本人が意味を感じていないことや、問題と結びつけていないことは、話題に上らないままになっている可能性があります。

では、問診を通して、こうした勘違いや見落としを減らすには、どうすればよいのでしょうか。

ひとつは、患者さん自身が「意味がある」と判断していることだけでなく、まだ意味づけされていない出来事についても、できるだけ情報を得ようとすることです。

当院では、初めて来院された患者さんに、身長、体重、血圧、脈拍を測定していただくほか、生活史や家族構成、当院に至るまでの経緯などを、時間の流れに沿って聞き取ったうえで診察を始めます。

診察でも、患者さんの語りをできるだけ具体的に、細部まで明らかにするように質問していきます。

例えば、「親が将来のことを話すと、暗い気持ちになります」という報告があったとします。

その場合、親というのは父親なのか母親なのか、いつ、どのような話をされたのか、その話を聞いて何かを思い浮かべたのか。そうしたことを一つずつ尋ねていきます。

このようなやり取りをしていると、患者さん自身が、それまで見過ごしていた出来事を思い出して話してくれることがあります。また、質問に答えていく過程で、患者さん自身に新しい視点が生まれることもあります。

問診は、医師が患者さんの情報を集めるだけの作業ではありません。患者さん自身も、自分の体験をあらためて振り返り、これまでとは違う角度から眺める機会になるのです。

診断に有用な客観的検査が限られているなかで、精神科医が患者さんの状態を把握するには、それ相応の時間が必要になります。

意識が明瞭でない場合や、神経症状を伴う場合、精神病性の病態が考えられる場合には、患者さんの報告以外にも、診断につながる客観的な要素を比較的捉えやすいことがあります。

一方で、メンタルヘルスの問題や神経症、社会生活における困難さなどを扱う場合には、本人の語りだけでは見えてこないことが、まだ数多くあるかもしれません。

患者さんが話してくれたことを大切にしながらも、そこにすべてが表れているとは限らないと考えておくこと。

そして、本人にとっては何気ない出来事のなかにも、診療上、大切な手がかりが隠れているかもしれないと考え、丁寧に尋ねていくこと。

精神科の診療では、そうした姿勢が、診断における勘違いや見落としを減らすことにつながるのだと思います。

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