私は診察室で、患者さんが日常生活の中の何気ない出来事を、ゆっくり丁寧に話してくださる時間をとても大切にしています。
ある患者さんは、ご自身の好きな音楽について、生き生きと語ってくださいました。話し終えたあと、その方は少し申し訳なさそうに、
「すみません、話が脱線してしまいました」
と言われました。
しかし、私にはその話は脱線どころか、回復につながる大切な話に思えました。むしろ、なぜそのように感じられたのかが不思議だったほどです。
また別の患者さんは、診察室に入るなり、
「最近は特に何もなかったので、話すことがありません」
と言われました。
ところが趣味のことを尋ねてみると、前回の診察から新しいことにいくつも挑戦されていたことがわかりました。
どうやら多くの方は、診察では「話すべきこと」と「話さなくてよいこと」があり、さらに「話はこの道筋で進めなければならない」という感覚を持っているようです。
しかし、仁泉堂では少し考え方が違います。
私たちは、日常生活の一つひとつの体験を大切にしています。そして、話題に「意味がある」「意味がない」という評価を最初からつけません。
本人が「これは大事な話です」と思っていることが、実は回復にあまり役立たないこともあります。反対に、「こんなことは話しても仕方ない」と切り捨ててしまうような何気ない出来事の中に、回復への大きな糸口が隠れていることも珍しくありません。
だから、診察室には「正しい話の道筋」はありません。
線路がないのですから、脱線もありません。
むしろ、「こう話さなければならない」「これが本題だ」と線路を敷こうとしている方には、その線路から一度降りていただくことがあります。
ぜひ、日常生活の中で心に残ったことを、その意味を決めつけずに話してみてください。
話しているうちに、「これはどういう意味なのだろう」と考え続けるよりも、「こんな体験をした」という事実そのものが大切なのだと感じられる瞬間が訪れます。
その積み重ねが、考えすぎる生き方から、体験し、行動する生き方への変化につながっていきます。
診察室では、どうぞ安心して「脱線」してください。
仁泉堂では、それを脱線とは呼びません。

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