仕事に追われ、疲れ切ってしまい、「何か新しいことを始めようという気力が湧かない」と話す私と同世代の患者さんがいました。
そこで私は、
「もし疲れ切っていなかったら、何をしてみたいですか?」
と尋ねてみました。
しばらく考えた後、その方はこう答えました。
「子どもの頃に住んでいた場所を、もう一度歩いてみたいです」
その方は子ども時代に5回の転居を経験していました。東北から九州まで、さまざまな土地で暮らしたそうです。
私は子どもの頃に引っ越した経験はありません。しかし数年前、自分が通っていた小学校への通学路や、その周辺を久しぶりに歩いたことがあります。
虫取りをした空き地は住宅地に変わり、学校の近くにあった駄菓子屋は姿を消していました。
風景は変わっていても、その場所を歩いていると、当時の匂いや空気感、友人とのやり取りなどが不思議とよみがえってきます。
そんな体験をお話ししながら、お互いに子ども時代の暮らしについて語り合いました。
すると、その対話を通して、私自身の中にも眠っていた感覚や体験が呼び起こされてきました。
その日の午後、私は久しぶりに庭の手入れをしました。
芝を刈り、雑草を抜き、伸びすぎたロウバイを剪定する。畑にはサツマイモの苗を植えました。
先送りにしがちだった庭仕事ですが、この日は体が自然に動き始めていました。
人は疲れ切っていると、「何をしなければならないか」ばかり考えがちです。しかし、ときには「本当は何をしてみたいのだろう」と問い直してみることも大切なのかもしれません。
もちろん、思い出の場所を訪ねること自体が目的ではありません。
けれど、そうした対話の中で忘れていた感覚がよみがえり、再び目の前の生活に手を伸ばす力が戻ってくることがあります。
あの日の患者さんも、面談のあと何か作業をしていたかもしれません。
私が庭仕事をしたように。

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