流れに導かれて動くとき

森田療法

先日、森田療法学会に参加してきました。

発表のことはひとまず置いておいて、印象に残ったのは、学会懇親会で偶然隣に座った先生との出会いでした。話題は「内発的な行動は、どのように生じるのか?」というテーマ。お互いの臨床経験をもとに議論が盛り上がり、翌日のその先生の演題を聞きに行くことにしました。

翌朝、宿を出て歩き始めると、ちょうど札幌マラソンの先頭ランナーが目の前を駆け抜けていきました。その勢いに引き込まれるように、私は予定を少し変更し、午前中は円山のトレイルを走ることにしました。

澄んだ空気の中、木々の間を抜ける風の感触に身を任せて走っていると、頭の中が静かになり、身体の奥から自然に動きが湧いてくるような感覚がありました。

午後には会場に戻り、その先生の発表を聴きました。

内発的な行動をテーマにした内容は非常に示唆に富み、質疑応答では前夜の続きのように意見を交わすことができました。偶然の出会いから始まった対話が、こうして学会の中で再びつながっていく――その流れそのものが、「自然に動くこと」の一つのかたちのように感じられました。

学会という予定の積み重ねの中で、予定していなかった行動や出会いが生まれる。

「あるがままに従う」とは、頭で判断するよりも先に、いま自分の中に起こっている動きをそのまま行動に移すことなのかもしれません。

それは計画よりも確かな“生きた流れ”として、私たちを導いてくれます。

コメント

  1. 朝倉新 より:

    トレラン練習の後に、小生の発表を見にきていただきありがとうございました。先生が自然な形でその場に溶け込んでいるような感じがしました。また自然な流れで先生との巡り合わせがあるものと思っています。その時はまたよろしくお願い申し上げます。

    • 大仁 大仁 より:

      朝倉先生
      森田療法学会では貴重なお話をありがとうございました。あの出会いの後、私はマインドフルネスランニングを続けています。走りながら身体と心の動きを観察していると、臨床もランニングも少しずつ磨かれていくように感じます。
      また、森田療法の「あるがまま」が時に“あるがままであれ”と強いてしまうパラドックスを越えるには、瞑想の実践がよい道になるのではないかという気づきも得ました。
      今後も臨床経験などを通じて、意見交換をさせていただければと思います。

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