私は、眠っているあいだにどこかへ連れてこられたらしい。
それ以前の記憶は、霧がかかったように曖昧で、ほとんど思い出せない。
気がつくと、見知らぬ部屋の中にいた。
白い壁、窓のない静かな空間。
そして、正面の壁に一枚の紙が貼られている。
「テーブルの上の料理をすべて食べ尽くさなければ、外に出ることはできない」
視線を落とすと、部屋の中央には大きなテーブル。
その上には、一人では到底食べきれない量の料理が並んでいた。
肉料理、魚、パン、スープ、甘い菓子――匂いだけで満腹になりそうだ。
こんな量、無理に決まっている。
そう思いながらも、ほかにやることもなく、私はとりあえず一口、口に運んだ。
食べ続けているうちに、あることに気づいた。
――時間制限がない。
それなら、傷みやすいものから食べればいい。
そう考え、計画的に食べ進めることにした。
しかし、一晩が明けて、私はさらに奇妙な事実を知る。
料理が、まったく傷んでいないのだ。
湯気すら、昨日と同じように立ちのぼっている。
そこでようやく、焦るのをやめた。
急ぐ必要はない。ゆっくり食べればいい。
三日目の終わり、私はついにすべてを食べ終えた。
恐る恐る扉に手をかける。
――カチャ。
手応えがあった。
静かに扉を開ける。
外に広がっていたのは、果ての見えない草原だった。
風に揺れる草の波。その中に――無数のテーブル。
それぞれのテーブルの上には、あの部屋と同じように、
三日ほどかけて食べる量の料理が置かれている。
その光景を見た瞬間、私は言葉を失った。
どうやら私は、元の世界とはまったく異なる場所に来てしまったらしい。
そして、おそらく――もう戻れない。
しばらく呆然と立ち尽くしたあと、私は静かに息を吐いた。
「まあ、仕方ないか」
この世界では、料理は傷まない。
ならば、時間をかけて食べていけばいい。
時間だけは、いくらでもあるのだから。
――もっとも、その“終わり”がいつ来るのかは分からないが。
気分転換に、私は近くを歩いてみることにした。
部屋からおよそ一キロほどの範囲を、あてもなく散歩する。
すると、いくつかのテーブルには、料理以外のものも置かれていた。
楽器、運動用具、本、文具、絵の具やキャンバス。
「……これは、悪くないな」
私はそれらを手に取り、使い始めた。
それから、どれほどの年月が過ぎただろうか。
数えることもやめて久しい。
どうやら、私もついに寿命を迎えるらしい。
結局、すべての料理を食べ尽くすことはできなかった。
そのとき――目の前に、一枚の扉が現れた。
ああ、これはきっと。
そう思いながらも、私はふと振り返る。
この世界も――案外、悪くなかったな。

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