人は、想定外の出来事が起きたとき、なんとかして「想定通りの状況」に戻そうとして、ついジタバタしてしまいます。
しかし実際には、こちらが想定していたほうが不自然で、想定外に起きたことのほうが、むしろ自然な流れであることも少なくありません。
そのような場合、人が無理に操ろうとしなくても、ただ待っているうちに、物事は自然と落ち着いていくことがあります。
なぜなら、それが自然な流れだからです。
医師としての視点から見ると、医学の進歩によって対処できる身体の問題は、確かに増えてきました。
しかし精神科に持ち込まれる問題の多くは、かかりつけ医や各専門科の医師が、現代の医学をもってしても解決できない痛みや不快感、苦悩であることが少なくありません。
そのようなとき、苦しみから抜け出す近道は、むしろ「自然な変化を待つこと」にあるように思います。
例えば、原因のはっきりしない皮膚の痒みは、掻いたり、あれこれ薬を塗ったりしないほうがよいことがあります。
原因不明の胃腸の不調も、特別な処置や偏った食事療法をせず、普通に過ごしているうちに整ってくることがあるものです。
つまり、特別な処置をせずに待つことです。
これは簡単そうに見えて、実際にはとても難しいことです。
人は不安になると、つい何かをしたくなります。
だからこそ、「余計なことをせず、自然な回復を待つ力」を育てる必要があります。
心理療法というのは、ある意味で、この力を育てるための方法だと思います。
森田療法は、体験を通して「はからい」を手放していく修練です。
一方、精神分析の系統の心理療法は、心理的な理解や解釈を支えにして、「待つこと」を続けるための枠組みを保つ方法とも言えるでしょう。
この世には、人為的にはどうにもできない現象が、まだ数多く残されています。
むしろ、人の力でどうにかできることよりも、そのほうがずっと多いのかもしれません。
それにもかかわらず、科学や情報技術の進歩は、私たち人間に過剰な自信を与えてしまったようにも思えます。
頑張れば、どんな問題でも解決できるはずだ、と。
もちろん、人の力で解決できる問題は、解決すればよいでしょう。
しかし、ただ待つしかないものも確かにあります。
そのときに、無理に動こうとするのではなく、静かに待つことができる力。
その力を育てる場として、仁泉堂という場所を置いておきたいと思っています。

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