文学・芸術

ある朝、“BELOVED”を聴いて涙が出た理由

火曜の朝、出勤前に、私はある一小節を口ずさんでいました。曲名も、ミュージシャンもわからない。ただ、そのフレーズだけが浮かんできたのです。気になって歌詞を検索すると、GLAYの「BELOVED」でした。出勤前のわずかな時間、YouTubeで全...
人間・社会

無駄を削りすぎた社会で、心はどこへ行くのか(2)

意味を求めすぎる社会で、人は生きづらくなる意味のないこと、役に立たないことが、次々と排除されていく世の中。その中で生きる人間もまた、過剰に「意味」や「役に立つこと」を求められるようになっていきます。自分は生きている意味があるのだろうか。社会...
人間・社会

無駄を削りすぎた社会で、心はどこへ行くのか(1)

意味のないことが、私たちを癒してきた最近の世の中を見ていると、「意味のないこと」「役に立たないこと」を削っていくことが、やけに推奨されているように感じます。医療の世界でも、デジタルトランスフォーメーションの名のもとに、受付や診療の効率化が強...
人間・社会

人間は「選び直す」ために走る

川沿いのサイクリングロードで思うこと私は、ランニングのトレーニングに、よく川沿いのサイクリングロードを使っています。そのため、自転車に追い越されたり、すれ違ったりする場面が頻繁にあります。そのたびに感じるのは、「走る」という動作が、長距離移...
仁泉堂医院

できないのではなく、選べることを忘れているだけ

先日、初診から1週間後に、2回目の診察に来られた方が、こんな話をしてくれました。初回の診察で私が「この状態には森田療法が合っているように思います」とお伝えしたことについてです。その方は、「自分の苦しみが、ちゃんと治療の対象になると感じられて...
仁泉堂医院

「場を整えるという仕事 」 — では何をしているのか

前回、仁泉堂では、医師が患者さんに薬や診断、考えの方向性を与えない、という話を書きました。では、何も与えないのだとしたら、ここではいったい何をしているのでしょうか。私は、自分の役割を「場の管理者」だと考えています。人生が「選択する行為」だと...
仁泉堂医院

「施さない医療という選択」— なぜ与えないか

私は、森田療法を「医師が患者さんに施す治療」だとは考えていません。森田療法は、誰かに何かをしてもらうことで良くなっていくものではなく、本来は、自分自身に向けて行われるものだと思っています。私自身、日々の生活や仕事の中で、不安や違和感を抱えな...
仁泉堂医院

選ぶ行為そのものが、人生である

私たちはつい、「選んだ結果」で人生を振り返ろうとします。あの進路を選んだから今がある、あの決断が成功だった、失敗だった――人生を一つの物語として整理しようとする見方です。けれど最近、私はこう考えるようになりました。人生とは、選んだ結果ではな...
森田療法

「好きではない」と言ってみる

感情・感覚に沿って言葉を選ぶこれまで私は、「よい・悪い」よりも「好き・嫌い」を大切にしよう、ということを書いてきました。ただ、「好き」「嫌い」という言葉は、ときに強く響きすぎることもあります。英語でも、I hate it. よりもI don...
日常

“どこでもドア”があったら、どこへ行きますか

11月に野外救急法の実習に参加しました。初日、参加者全員が自己紹介カードを書き、掲示板に貼りました。その中に、こんな質問がありました。「ドラえもんのどこでもドアがあったら、行きたい場所は?」南極、月、秘境。他の人の答えを眺めていると、どれも...
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