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仁泉堂医院

医師の力を、あえて使わないという選択

神経症の治療において大切なのは、「新しい力を与えること」ではなく、もともと自分の中にあった力を思い出すことだと、私は考えています。人は本来、状況に応じて考え、選び、引き受ける力を持っています。けれど、不安や恐れが強くなると、その力をどこかに...
文学・芸術

「あるがままとするほかない」態度 — 鬼太郎と森田療法

水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』で、鬼太郎は幽霊族の末裔として、この世とあの世、人間と妖怪のあいだを行き来する存在として描かれています。物語の中で、人間は自分たちに都合のよい振る舞いを重ね、妖怪の世界に踏み込み、やがてしっぺ返しを受けます。妖...
文学・芸術

ある朝、“BELOVED”を聴いて涙が出た理由

火曜の朝、出勤前に、私はある一小節を口ずさんでいました。曲名も、ミュージシャンもわからない。ただ、そのフレーズだけが浮かんできたのです。気になって歌詞を検索すると、GLAYの「BELOVED」でした。出勤前のわずかな時間、YouTubeで全...
人間・社会

無駄を削りすぎた社会で、心はどこへ行くのか(2)

意味を求めすぎる社会で、人は生きづらくなる意味のないこと、役に立たないことが、次々と排除されていく世の中。その中で生きる人間もまた、過剰に「意味」や「役に立つこと」を求められるようになっていきます。自分は生きている意味があるのだろうか。社会...
人間・社会

無駄を削りすぎた社会で、心はどこへ行くのか(1)

意味のないことが、私たちを癒してきた最近の世の中を見ていると、「意味のないこと」「役に立たないこと」を削っていくことが、やけに推奨されているように感じます。医療の世界でも、デジタルトランスフォーメーションの名のもとに、受付や診療の効率化が強...
人間・社会

人間は「選び直す」ために走る

川沿いのサイクリングロードで思うこと私は、ランニングのトレーニングに、よく川沿いのサイクリングロードを使っています。そのため、自転車に追い越されたり、すれ違ったりする場面が頻繁にあります。そのたびに感じるのは、「走る」という動作が、長距離移...
仁泉堂医院

できないのではなく、選べることを忘れているだけ

先日、初診から1週間後に、2回目の診察に来られた方が、こんな話をしてくれました。初回の診察で私が「この状態には森田療法が合っているように思います」とお伝えしたことについてです。その方は、「自分の苦しみが、ちゃんと治療の対象になると感じられて...
仁泉堂医院

「場を整えるという仕事 」 — では何をしているのか

前回、仁泉堂では、医師が患者さんに薬や診断、考えの方向性を与えない、という話を書きました。では、何も与えないのだとしたら、ここではいったい何をしているのでしょうか。私は、自分の役割を「場の管理者」だと考えています。人生が「選択する行為」だと...
仁泉堂医院

「施さない医療という選択」— なぜ与えないか

私は、森田療法を「医師が患者さんに施す治療」だとは考えていません。森田療法は、誰かに何かをしてもらうことで良くなっていくものではなく、本来は、自分自身に向けて行われるものだと思っています。私自身、日々の生活や仕事の中で、不安や違和感を抱えな...
仁泉堂医院

選ぶ行為そのものが、人生である

私たちはつい、「選んだ結果」で人生を振り返ろうとします。あの進路を選んだから今がある、あの決断が成功だった、失敗だった――人生を一つの物語として整理しようとする見方です。けれど最近、私はこう考えるようになりました。人生とは、選んだ結果ではな...
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