ストレスを「避けるもの」とだけ考えていませんか

精神医学・精神医療

「ストレス」という言葉は、日常の中でとても気軽に使われています。
しかし、その現代的な使われ方には、少し気になる偏りがあります。

不快なものだけがストレスなのか

私たちはつい、「嫌なこと」「つらいこと」だけをストレスと呼びがちです。

けれど、例えば――
早起きをして、移動に時間をかけ、長い列に並び、一日中アトラクションを楽しみ、夜遅く帰ってくる。そんな一日を過ごしたとします。

楽しい時間だったとしても、心身には確かな負荷がかかっています。
このとき、「楽しかったからストレスではない」とは言えません。

ストレスとは、本来、快・不快の感情とは別の次元のものです。
心や体に「ひずみ」を生む負荷、そのものを指します。

実際、新築や昇進といった好ましい出来事をきっかけに、心身のバランスを崩すことも珍しくありません。
「好ましいこと」であっても、負荷である以上、影響は生じるのです。

ストレスは本当に悪者なのか

もう一つの偏りは、「ストレス=悪いもの」という見方です。

たしかに、心身の不調の原因として語られることは多く、行政の説明でもその側面が強調されています。
けれど、それだけでは半分しか見ていません。

ストレスには、もう一つの側面があります。
それは、人を育てる力です。

新しい能力の獲得。
耐える力の向上。
「やればできる」という感覚の積み重ね。

これは、運動と体の関係を思い浮かべると分かりやすいかもしれません。

トレーニングでは、筋肉や心肺機能に負荷をかけることで、身体は強くなります。
一方で、過剰な負荷は疲労や怪我につながります。

精神的なストレスも同じです。
適度であれば、生きていく力を育てる。
過剰になれば、心身の不調につながる。

「なくす」よりも「扱い方」

ストレスを「避けるべきもの」「排除すべきもの」とだけ捉えてしまうと、私たちは大切な視点を見失います。

ストレスがあるからこそ、人は変わり、適応し、生き延びてきました。

問題なのは、ストレスそのものではなく、
その量や関わり方です。

完全に取り除くことはできないし、取り除く必要もありません。
むしろ、どう向き合い、どう付き合っていくか。

その積み重ねが、心と体のしなやかさをつくっていきます。

ストレスを敵にするのではなく、
うまく使いながら、生きていく。

そんな視点を持つことが、
現代を生きる私たちにとって、ひとつの現実的な道なのかもしれません。

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