描けない直線と、私たちの苦しみ

森田療法

あなたが「直線を描いてください」と言われたら、どうするでしょうか。

多くの人は、定規のようなものを用意し、紙の上にまっすぐな線を引こうとするかもしれません。あるいは、できるだけ長く、できるだけ正確に描こうとするでしょう。

けれども、数学でいう直線とは、本来、無限に伸びていて終わりがありません。さらに、幅もありません。

つまり、私たちが紙の上に描いた時点で、それはすでに「有限の長さ」を持ち、「幅」も持っています。厳密に言えば、インクの厚みもあるでしょうから、平面ですらなく、わずかな立体です。

どれほど真剣に取り組んでも、完全な直線を現実に描くことはできません。

それでも私たちは、頭の中では直線を思い描くことができます。人間は、概念をつくる力に優れているからです。

そして、このことは日常の悩みにも通じています。

私たちは、自由、幸福、完璧、理想の人生、誰からも認められる自分――そのようなものを頭の中で思い描くことができます。

しかし、それらもまた、直線と同じように、現実の世界でそのままの形では存在しにくいものです。

にもかかわらず、「本当の自由がまだ手に入っていない」「完璧でなければならない」「理想通りでない自分はだめだ」と考え始めると、人は苦しくなります。

頭の中の概念と、現実の自分との間に、大きな距離が生まれるからです。

この罠から少し離れる方法があります。

それは、概念の中だけで生きるのではなく、現実の行動へ戻ることです。

少し歩いてみる。掃除をしてみる。人に挨拶してみる。食事を味わってみる。今日できることを一つやってみる。

現実は、理想のように完璧ではありません。けれど、手触りがあります。動きがあります。変化があります。

描けない直線を追い続けるより、今ここにある少し曲がった線を生きていくこと。

そこに、心が軽くなる道があるのかもしれません。

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