人間・社会

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自然科学と宗教──どちらも“やりすぎ”は苦しくなる

私たちは日々、「目の前の現実とどう向き合うか」という課題を抱えています。この現実に真っすぐ向き合う姿勢を最も突き詰めてきたのは、自然科学と言えるでしょう。自然界の法則を明らかにし、その仕組みを丁寧に解き明かす努力は、人類の知の柱でもあります...
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人間も自然の一部だから:行き過ぎを戻す“心のホメオスタシス”

―自然のバランスから学ぶ心のあり方―世の中には、「良い」「悪い」と評価される出来事があふれています。けれども、よくよく考えてみれば、ほとんどの事柄は “程度の問題” にすぎません。「過ぎたるは及ばざるがごとし」。これは自然界の基本原理でもあ...
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「好き嫌いをするんじゃありません!」と言われて育つと

多くの人が、子ども時代に言われた経験があるかもしれません。「好き嫌いをするんじゃありません!」この言葉には、大人の側の善意が込められています。栄養を摂ってほしい、偏りなく育ってほしい。その思い自体は、とても自然なものです。しかし、子どもの心...
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「良い/悪い」を離れると、罪悪感は薄れていく

前回の記事では、「良い・悪い」で物事を裁くのではなく、「好き・嫌い」に意識を向けてみるという話をしました。実はこの視点の転換には、もう一つ大切な変化があります。それは、日々の罪悪感が少しずつ薄れていくということです。■罪悪感は“良い・悪い”...
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「私が私であり続けるために、変わり続ける」——生物に宿るパラドックス

私たちの体は、じっとしているように見えて、実は静かに作り替えられています。皮膚の細胞は数週間で入れ替わり、腸の粘膜は数日で生まれ変わる。細胞そのものが変わらなくても、その中のタンパク質や分子は、日々壊され、また作られています。生命とは、破壊...
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「しない」と言える静かな強さ

「できるけど、しない」という言葉を聞くと、それをただの“言い訳”や“逃避”のように感じる人もいるかもしれません。しかし、ここで言いたいのは、口先の宣言ではなく、内側にある確かな感覚のことです。「しない」と言えるためには、「できる」が必要本当...
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「社会に適応できない」と言われる人たちへ ― 「できない」ではなく「しない」という見方

前回の記事では、「できるけど、しない」という生き方の大切さについて考えました。今回は、その考えを「社会に適応できない」と言われる人たちの問題に当ててみたいと思います。「適応できない」とは、誰の視点か発達症のある方や、いわゆる「社会に馴染めな...
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「できない」ではなく、「しない」という自由

以前、「“できない”という言い方をやめてみよう」というテーマでブログを書いたことがあります。たとえば「朝起きられない」というのは、実際には「起きようと思えば起きられるけれど、起きないでおこうと選んでいる」という行動の問題として見ることができ...
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人間の矛盾をそのままに見る

診療をしていると、日々あらためて感じることがあります。それは、「価値判断を加えず、ただ事実そのものを“こんなものだ”と見ることの大切さ」です。私たちはつい、物事に「良い」「悪い」というラベルを貼ってしまいます。しかし、よく見れば、良いも悪い...
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山と人間関係 ― 立ちはだかるものをどう捉えるか

トレイルランニングをしていると、思いがけない障害に出会います。急な登りに息が上がり、倒木の根っこに足を取られ、岩に爪先をぶつけ、転んでしまうこともある。自然の中では、順調に進ませてもらえることの方が少ないのです。では、人生で出会う人々はどう...
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