仁泉堂医院

冬のはじまりに思うこと

冬になると、診療が始まる前に、ふと不安になることがあります。「今日一日、診療をやり切れるだろうか」——そんな、根拠のない心許なさです。特に何か気掛かりなことがあるわけでもない。けれど、夏のあいだは意識せずにスタートを切れていたのに、この時期...
仁泉堂医院

与えないことの意味 〜ともに作業をするという心理療法〜

仁泉堂では、薬も診断書も出しません。それは、「与えること」が人の自然な回復の力を覆い隠してしまうことがあるからです。薬や診断、助言や慰めといった“与える行為”は、一見すると優しさや支援のように見えます。けれども、その背後には「与える側」と「...
仁泉堂医院

行動の中から生まれるもの

仁泉堂で続けている「清掃セラピー」は、もともと私と患者さんとの診察の中での対話から生まれました。「一緒に何か体を動かすことをしてみたい」という話がきっかけで、外に出て掃除をしてみようという流れになりました。やってみると、不思議なもので、掃除...
日常

ぐんまマラソン10km 自己ベスト更新のご報告

11月3日に開催された「ぐんまマラソン10kmの部」に出場し、39分43秒で自己ベストを更新しました。10kmを40分を切って走りきる――これは、半年前にはまだ遠い目標でした。レースでは、最初の1kmを落ち着いて入り、前半は1kmあたり4分...
人間・社会

「しない」と言える静かな強さ

「できるけど、しない」という言葉を聞くと、それをただの“言い訳”や“逃避”のように感じる人もいるかもしれません。しかし、ここで言いたいのは、口先の宣言ではなく、内側にある確かな感覚のことです。「しない」と言えるためには、「できる」が必要本当...
人間・社会

「社会に適応できない」と言われる人たちへ ― 「できない」ではなく「しない」という見方

前回の記事では、「できるけど、しない」という生き方の大切さについて考えました。今回は、その考えを「社会に適応できない」と言われる人たちの問題に当ててみたいと思います。「適応できない」とは、誰の視点か発達症のある方や、いわゆる「社会に馴染めな...
人間・社会

「できない」ではなく、「しない」という自由

以前、「“できない”という言い方をやめてみよう」というテーマでブログを書いたことがあります。たとえば「朝起きられない」というのは、実際には「起きようと思えば起きられるけれど、起きないでおこうと選んでいる」という行動の問題として見ることができ...
日常

眠れない朝に

最近は、朝、布団から出づらい日が続いていました。気づけば外はまだ暗く、もう少し寝ていたいなと思うことが多いです。今朝は、なぜか4時前に目が覚めてしまいました。もう一度眠ろうとしましたが、どうにも眠れず、思い切って起きてみることにしました。外...
日常

相性が良すぎるということ

私はトレイルランニングシューズの中で、〈アルトラ・ローンピーク9+〉が飛び抜けて相性が良いと感じています。足を入れた瞬間から、自分の体の一部になったかのような一体感があり、自然と前に進める感覚があります。ただし、ソールが浅めなため、岩の尖り...
日常

冬の眠気と重たさを受け入れながら

最近は、睡眠時間にかかわらず、毎日とにかく眠くて仕方がありません。朝も眠いし、昼にもついウトウトしてしまいます。気温が急に下がってきたこともあり、いよいよ私の苦手な冬の季節がやってきたようです。今日は非常勤先の病院での宿直明けでした。午前中...
タイトルとURLをコピーしました