仁泉堂医院

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雨と寒さの中で、基準が変わった一日 〜 ITJ2025①

今回のブログでは、伊豆トレイルジャーニー(ITJ)での体験を、3回に分けて振り返ってみたい。華々しい結果やレースの攻略法ではなく、雨と寒さ、泥に覆われた環境の中で、何を考え、どのような判断を重ねていたのか。その感覚を言葉にしてみようと思う。...
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安定を維持しようとすることは、自分の中に“鉄格子”をつくることかもしれない

ある患者さんが、別の医療関係者から「仁泉堂の医者は思い切ったことをしましたね」と言われたと話してくれました。指しているのは、仁泉堂が薬物療法を一切行わないという方針です。その時、私の口から自然に出たのが、「安定を維持しようとすることは、自分...
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「死んでも、生き様が残る」——ある患者さんから教わったこと

「死んでも、生き様が残る」——ある患者さんから教わったこと以前、当ブログでは「人間はどうせ死ぬとわかっているのに、なぜ頑張れるのか」という問いについてお話ししたことがあります。私自身も、生きる意味は一つに決まるものではなく、「ただ目の前の問...
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野外災害救急法を学んで気づいた、心のケアに必要な“時間”の感覚

先週、クリニックを数日お休みして、ウィルダネスメディカルアソシエイツ(WMA)が主催する野外災害救急法を学んできました。山岳地帯や災害時など、都市型の救急システムにすぐアクセスできない状況で、どう命をつなぐか——そのための理論と実践です。受...
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子どもの問題に向き合う前に——まず大人の心を整える

学校医として相談を受ける中で、私は一つのことを強く感じています。子どもの行動を語る前に、大人自身の心の有り様が問われている。自傷、暴れる、登校を拒む——子どもの行動の意味を急いで解こうとする前に、まず大人の心にどんな感情が生じたのかを確かめ...
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学びと雑巾 ― 心の吸収力を保つということ

年齢を重ねると「新しいことが入ってこない」と感じることがあります。けれど学びとは知識量ではなく、心の吸収力のことだと私は思います。心は雑巾に似ています。乾いていればよく吸い、濡れすぎればもう吸えません。疲れ・焦り・余裕のなさで心がいっぱいだ...
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冬のはじまりに思うこと

冬になると、診療が始まる前に、ふと不安になることがあります。「今日一日、診療をやり切れるだろうか」——そんな、根拠のない心許なさです。特に何か気掛かりなことがあるわけでもない。けれど、夏のあいだは意識せずにスタートを切れていたのに、この時期...
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与えないことの意味 〜ともに作業をするという心理療法〜

仁泉堂では、薬も診断書も出しません。それは、「与えること」が人の自然な回復の力を覆い隠してしまうことがあるからです。薬や診断、助言や慰めといった“与える行為”は、一見すると優しさや支援のように見えます。けれども、その背後には「与える側」と「...
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行動の中から生まれるもの

仁泉堂で続けている「清掃セラピー」は、もともと私と患者さんとの診察の中での対話から生まれました。「一緒に何か体を動かすことをしてみたい」という話がきっかけで、外に出て掃除をしてみようという流れになりました。やってみると、不思議なもので、掃除...
人間・社会

「できない」ではなく、「しない」という自由

以前、「“できない”という言い方をやめてみよう」というテーマでブログを書いたことがあります。たとえば「朝起きられない」というのは、実際には「起きようと思えば起きられるけれど、起きないでおこうと選んでいる」という行動の問題として見ることができ...
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