「あるがままとするほかない」態度 — 鬼太郎と森田療法

文学・芸術

水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』で、鬼太郎は幽霊族の末裔として、この世とあの世、人間と妖怪のあいだを行き来する存在として描かれています。

物語の中で、人間は自分たちに都合のよい振る舞いを重ね、妖怪の世界に踏み込み、やがてしっぺ返しを受けます。

妖怪が行き過ぎれば、鬼太郎が介入する。

それでも人間は懲りることなく、また同じことを繰り返します。

鬼太郎は、人間の身勝手さや愚かさをよく知っています。

それを正そうとも、変えようともせず、かといって見捨てることもしない。

人間にも妖怪にも与しきれないまま、そのあいだに立ち続けます。

鬼太郎は多くを語りません。

けれど人間を見つめるその態度からは、

「これが人間だ。これが現実だ。

 良いとも悪いとも言えないが、ほかにやりようがない」

そんな鬼太郎の静かな思いが感じられます。

それは「あるがままでよい」という肯定ではありません。

そうとしか在れない人間の姿を前にして、

そうあるほかに道がないという事実を引き受けている姿勢です。

鬼太郎は人間に手を差し伸べながらも、

人間と妖怪のどちらが正しいかを決めることはしません。

決めないまま、境に立ち続ける。

そこに、鬼太郎という存在の静かな重みがあるように思います。

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