先日、初診から1週間後に、2回目の診察に来られた方が、こんな話をしてくれました。
初回の診察で私が
「この状態には森田療法が合っているように思います」
とお伝えしたことについてです。
その方は、
「自分の苦しみが、ちゃんと治療の対象になると感じられて、とてもホッとしました」
と話してくれました。
私は、その言葉を聞いて、少しだけ立ち止まりました。
安心されたことは大切なことだと思いましたが、
「治療の対象になる」という表現に、どこか引っかかる感じが残ったからです。
そこで、こうお伝えしました。
「私は言葉遣いに少しこだわりがあって、気になってしまうのですが、
『治療の対象になる』という表現が、私には少し冷たく感じられるんです。
『変化の可能性を感じられた』というニュアンスで受け取ってもよいでしょうか」
すると、その方は、少し考えてから、こう言ってくれました。
「『できない自分が悪いんだ』と思っていたところに、
『これはあくまでも状態で、自分の一部なんだ、
無くさなきゃいけないものじゃないんだ』と感じられて、
気持ちがだいぶ楽になったのだと思います」
その言葉を聞いて、私はとても印象に残りました。
「できない自分」なのではなく、
本当はできることがあっても、
選べることを忘れていただけなのかもしれません。
私たちは苦しさの中にいると、
選択肢そのものが見えなくなってしまうことがあります。
でも、無理に変えようとしなくても、
無くそうとしなくても、
「これは自分の一部なんだ」
そう感じられたときに、何かが静かに動き始めることがあります。
今、あなたが「できない」と思っているそのことは、
本当にできないことなのでしょうか。
もしかすると、選べることを少し忘れているだけなのかもしれません。

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