選ぶ行為そのものが、人生である

仁泉堂医院

私たちはつい、「選んだ結果」で人生を振り返ろうとします。

あの進路を選んだから今がある、あの決断が成功だった、失敗だった――

人生を一つの物語として整理しようとする見方です。

けれど最近、私はこう考えるようになりました。

人生とは、選んだ結果ではなく、選ぶ行為そのものではないかと。

選択肢として目の前に並ぶ時点で、どちらにもメリットとデメリットがあります。

完全に正しい選択や、完全に間違った選択など、最初から存在しません。

違いが生まれるのは、「何を選んだか」よりも、自分で選んだかどうかです。

結果は、あとからいくらでも意味づけが変わります。

成功だったと言われる選択が、後になって苦しみを生むこともあれば、

失敗だと思っていた選択が、思いがけず人生を開くこともある。

結果は常に揺れ動き、固定できません。

しかし、選ぶという行為だけは、その瞬間にしか起こらない。

迷いながら、恐れながら、それでも自分で決めた――

その一瞬に、その人の人生が確かに存在します。

治療の場にいて、強く感じることがあります。

他人の代わりに選んでしまうこと、

あるいは選択肢そのものを狭めてしまうことは、

その人の人生を奪う行為になりかねない、ということです。

「正解はこちらです」

「こうすれば楽になります」

そう言われて安心することもあるでしょう。

けれど同時に、人生の舵を誰かに預けてしまってはいないでしょうか。

人生に正解はありません。

ただし、自分で行動を選ばないのであれば、それは自分の人生を生きているとは言えない。

うまくいくかどうかは、あとでしかわかりません。

失敗するかもしれないし、遠回りになるかもしれない。

それでも、自分で選ぶという行為を引き受けること。

そこにしか、生きている実感は生まれないように思います。

今日あなたは、どんな選択をするでしょうか。

選ばされるのではなく、選んでいると言える行動はあるでしょうか。

結果ではなく、その「選ぶ瞬間」に、あなたの人生は静かに息づいています。

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