ネコに比べて、人間は本当に賢いのか

人間・社会

ある日の診察で、患者さんからこんな質問を受けました。

「先生、そんなに気まぐれに生きていて良いのでしょうか?」

その方は、周囲に合わせられない自分を責め、

「一貫性がない」「人として未熟なのではないか」と感じていました。

私は少し間をおいて、こう聞き返しました。

「あなたは、ネコは嫌いですか?」

「それから、人間はネコより賢いと思いますか?」

少し意外そうな顔をしながら、その方は

「ネコは好きです。人間のほうが賢いと思っていましたが……」と答えました。

このやり取りから、私は改めて考えたのです。

本当に、人間はネコより賢いのだろうか、と。

私たちはしばしば、人間は他の動物より賢いと思っています。

言葉を使い、組織を作り、複雑な社会を運営しているからです。

しかし、日々の診療をしていると、どうも逆ではないかと感じる場面に何度も出会います。

少なくとも「生きる」という点において、人間はネコより賢いとは言えないのではないか、と。

ネコは関係を“必要な分だけ”使う

ネコは、必要なときだけ人に近づきます。

お腹が空いたとき、安心したいとき、寒いとき。

それが満たされれば、あとは一匹で過ごす。

媚びすぎることもなく、かといって無用に敵を作ることもない。

距離を取り、近づき、また離れる。

その切り替えは、とても正確で、無駄がありません。

これは気まぐれに見えるかもしれません。

しかし実際には、その瞬間の自分の状態に正直であるという、極めて自然な行動です。

人間はなぜ苦しくなるのか

一方、人間はどうでしょうか。

・長くいる職員が新人を見下す

・飲み会で上司の説教を聞かされる

・それを我慢するのが「大人」「社会人の美徳」とされる

これらは、仕事のために必要なことでしょうか。

多くの場合、そうではありません。

これは「序列」を維持するための儀式です。

ネコなら、その場で餌も安全も得られなければ、ただ離れます。

しかし人間は、

「ここで嫌われたら評価が下がる」

「逆らったら居場所がなくなる」

と、未来の不安を理由に、今の不快を飲み込む。

その結果、人は

本来いらない関係を切れなくなり、不要な序列に縛られる。

これが、心がすり減っていく大きな原因です。

ネコの「気まぐれ」は、未熟さではない

人間社会では、感情に左右されることを「未熟」と呼びます。

一貫性があり、空気を読み、期待に応えることが「大人」だとされる。

しかしネコは違います。

・今は甘えたい

・今は一人でいたい

・今は触られたくない

それをそのまま態度に表す。

昨日と違っていても構わない。

それは気まぐれではなく、内側の状態に忠実であることです。

人間がやっているのはその逆です。

感じていることを抑え、序列を優先し、自分を裏切る。

どちらが自然でしょうか。

孤独を恐れなくなるということ

ネコは孤独を問題にしません。

一匹でいることは「失敗」ではなく、ただの状態だからです。

人間は、一人でいることを

「価値がない」「取り残された」

と意味づけてしまう。

だから本来なら離れていい関係にしがみつき、

苦しい場所に居続けてしまう。

もし人がネコのように生きられたら、

社会や人間関係の苦労は、今よりずっと減るでしょう。

孤独を怖がらなくなるからです。

人間は、賢すぎて不自由になった

人間は知能が高い。

だからこそ、序列を作り、評価を気にし、

本来は不要な縛りを自分に課してしまう。

ネコはそんなことをしません。

生きるために必要な条件だけを見て、

それ以外の関係は持ちすぎない。

その点で、

人間はネコより不自由で、ネコのほうが賢い

と言えるのかもしれません。

仁泉堂が大切にしている「自然に従う」というのは、

このネコの知性に、少しだけ近づくことでもあります。

社会の序列より、

自分の感覚を上位に置いて生きる。

それだけで、人の心はずっと楽になるのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました