診察の場で、
「私はうつだと思います」
「家族から、不安障害じゃないかと言われました」
このようにお話しされる方は少なくありません。
うつ、不安、トラウマ、ストレス、パニック、発達障害、愛着障害――。
これらの言葉は、今では日常会話の中でも当たり前に使われるようになりました。
一方で、私は心を扱うとき、こうした言葉が、かえって“いま実際に起きている感覚”から私たちを遠ざけてしまうことがあると感じています。
神経症で悩まれている方ほど、頭の中で考えを整理し、意味づけしようとする力がとても強い傾向があります。
その結果、「いま、この瞬間に体や心で何が起きているのか」という現実とのつながりが、少し薄れてしまうことがあるのです。
そのような状態では、診断名や症状名といった“名付け”が、必ずしも回復の助けになるとは限りません。
むしろ、「自分は○○だからこう感じるのだ」と、体験そのものを概念の箱に押し込めてしまうこともあります。
仁泉堂ではまず、概念から一歩離れて、感じていることをそのまま言葉にすることを大切にしています。
たとえば、
「じっと座っていたくない感じ」
「体が重たい感じ」
といった表現でも十分です。
さらに細かく表現すれば、
「10秒以上じっとしていられない落ち着かなさ」
「5kgの米袋を背負っているような重さ」
そんな言い方もできます。
正解の表現はありません。
心のあり方は十人十色で、同じ言葉で表せるものでもないからです。
いま、この瞬間に感じている感覚を、自分なりの言葉で表現する。
神経症の治療は、そこから静かに始まっていきます。
もちろん、すべての精神的な不調にこの考え方が当てはまるわけではありません。
統合失調症や双極症、精神病性のうつ病などでは、症状を適切に評価し、診断を行い、薬物療法を用いることが有効です。これは、一般的な医学的アプローチが力を発揮する領域です。
一方で、神経症は、
症状を急いで整理したり、名前をつけたりするよりも、
概念化せず、評価せず、丁寧に向き合い、人生の一部として受け入れていく過程の中で回復していくものだと、私は考えています。
仁泉堂では、世間一般で使われがちなラベルに頼るのではなく、
その人が「実際に感じている現実」を、できるだけ具体的な言葉で語ってもらうことを大切にしています。
それは遠回りのようでいて、
自分自身と再びつながり直す、もっとも確かな一歩になることが多いのです。

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