矛盾のある世界で、どう生きるか

人間・社会

私たちは、ときどき「世の中って、なんだかおかしいな」と感じることがあります。

人間はもともと、矛盾を抱えた存在です。そして、その人間が作った社会や制度も、やはりどこか矛盾を含んでいます。

たとえば、交通事故で毎日のように人が亡くなっているのに、私たちは車のある生活を続けています。

原発事故の大きな被害を経験しても、経済や便利さを優先して、原子力に頼り続ける社会もあります。

こうした矛盾は、私たちがその「多数派」の側にいるうちは、あまり意識されません。自分にとって都合よく回っているあいだは、「まあ、こんなものだろう」と流れていきます。

けれども、いざ自分が不利な立場になったとき、あるいは理不尽さに直面したとき、その矛盾は急にくっきりと見えてきます。そして、そのときに私たちは苦しさを感じるのです。

役所や警察、医療制度といった社会の仕組みは、もちろん大切な役割を果たしています。私たちの生活は、こうした制度にたくさん支えられています。

しかし同時に、それらは万能ではありません。平穏な日常の中では、制度に守られている安心感があっても、ひとたび災害や非常事態が起こると、その限界がはっきりします。警察も救急も医療も、すべての人に十分に行き渡るとは限らなくなるのです。

人間の作った制度に深く依存すればするほど、その矛盾や限界も一緒に引き受けることになります。それが、ときに大きな苦痛や不安のもとになります。

だからこそ、社会や制度は大切にしながらも、「それがあれば大丈夫」と思い込みすぎないことが重要なのだと思います。

制度に助けてもらいつつも、自分で考え、自分で動ける部分を残しておく。そうした姿勢があると、制度が思うように機能しない場面に出会ったときでも、少し踏ん張ることができます。

矛盾を含んだ社会の中で生きるというのは、避けられない現実です。

その現実を前提に、「どこまでを制度に委ね、どこからを自分で引き受けるのか」を意識して生きることが、無用な苦しみを減らし、自分の足で生きる感覚を取り戻すことにつながるのではないでしょうか。

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