抗うつ薬が、適切に診断された「うつ病」の治療に有効であることは、私も20年以上の臨床経験を通じて実感してきました。適切に用いられた薬によって救われた方は少なくありません。
しかし近年では、「気分が落ちる」「やる気が出ない」といった訴えに対し、すぐに抗うつ薬が処方されることが増えているように感じます。気分の浮き沈みがあると双極性障害の薬が、興奮や怒りっぽさがあると統合失調症の薬が、比較的安易に投与されてしまう場面も見受けられます。実際、私自身も数年前まではそうした処方をしてしまう医師でした。患者さんの苦しみを少しでも早く和らげたいという思いからでしたが、今は振り返って反省しています。
薬を「症状に対応する手段」として考えると、解熱剤や鎮痛剤、血圧を下げる薬や心臓の働きを助ける薬など、内科領域でも広く使われています。ただし内科の場合は、客観的な数値で症状を評価しつつ、その原因を探り、原因への治療と並行して薬が用いられます。
一方、精神科領域の症状は多くが「主観」に基づいており、原因へのアプローチが十分になされないまま薬が中心になってしまうことがあります。本来は、その人が現在の状態に陥っている「背景や仕組み」を明らかにし、薬以外の方法も含めて治療を進めていく必要があります。
私は現在、薬による治療を手放し、根本的な問題へのアプローチを専門に行う道を選びました。もちろん、薬が必要不可欠な病態も存在しますし、薬物治療によって助けられる方も数多くいます。ただ大切なのは、医師も患者も「なぜ薬を使うのか」「他の方法はないのか」を熟慮したうえで向精神薬の使用を決断することだと思います。
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