森田療法

日常

最初で最後の献血

先日、ランニングレースまでの時間があり、左脚の故障でトレーニングを控えていた私は、久しぶりに献血ルームを訪れました。以前のブログで触れたこともありますが、献血への思い入れには個人的な背景があります。それを克服し、「これからも献血ができる」と...
森田療法

苦悩を和らげる言葉:「越したことはない」のすすめ

「越したことはない」という考え方私の出身校である群馬大学の先輩で、周産期メンタルヘルスを専門にされている高橋由美子先生の講演を聴いた際、心に残る言葉がありました。先生は、悩みを抱えるママさんたちへのアドバイスに「越したことはない」という表現...
森田療法

第41回日本森田療法学会を振り返って

第41回日本森田療法学会において私の発表に多くの反響をいただきました。家族療法と森田療法の共通点と相違点を理論的に整理した内容が好評だったことは、大変ありがたく感じています。学会全体を通して印象的だったのは、森田療法の重要な側面である「症状...
森田療法

森田療法学会の発表内容について

今週末の第41回日本森田療法学会(in 高知)で一般演題を発表します。発表要旨は以下の通りです。学会に参加される方は、ぜひ私の発表をお聴きいただきたいと思います。また御参加できない方で関心のある方には、後日個別にお伝えし、議論したいと思いま...
森田療法

感情を放っておくという選択

感情という如何ともしがたいもの怒りや恨みといった感情は、理性や論理で簡単に解決できるものではありません。たとえば、損害賠償訴訟で金銭的な解決が図られたとしても、それによって怒りや恨みそのものが消えるわけではないことが多いように感じます。歴史...
文学・芸術

南の島のハメハメハ大王に学ぶ「あるがまま」の生き方

ふとした時に「南の島のハメハメハ大王」の歌が頭に浮かび、口ずさんでしまいました。改めて歌詞(作詞・伊藤アキラ)を確認してみると、その豊かな表現に心が惹かれます。南の島の大王はその名も偉大なハメハメハロマンティックな王様で風のすべてが彼の歌 ...
仁泉堂医院

“〜じゃないですかぁ”が妨げる「あるがまま」の生き方

診察の中で、患者さんから時々「〜じゃないですかぁ」という言葉を耳にすることがあります。例えば、「上司には逆らえないじゃないですかぁ」「子育ては大変じゃないですかぁ」「頭痛は辛いから、頭痛薬を飲むしかないじゃないですかぁ」といった表現です。か...
仁泉堂医院

森田療法の伝統を受け継ぐ:患者同士の交流の場

森田正馬は、神経症を抱える患者さんたちと集まり、さまざまな問題について語り合う「形外会」を開催していました。この会の様子は、森田正馬全集にも記録されています。時にはピクニックに出かけ、自然の中でリラックスしながら話をすることもありました。私...
人間・社会

排斥の時代に考える:森田療法が教える共存の大切さ

森田療法では、不快な感覚や思考を無理に排除せず、共存することを目指します。現代の医学では、不快な感覚を「症状」として捉え、それを取り除く方向に進みがちですが、森田療法の特徴は、不都合や不愉快な感情も排斥しない点にあります。社会全体でも、排斥...
森田療法

森田療法と縁(えん):流動的な役割を受け入れる視点

ある患者さんの息子さんが遠方で緊急手術を受けることになり、担当した外科医がたまたま群馬出身だったそうです。その医師は親切で丁寧に説明をしてくれたと伺い、私は「それは縁がありましたね」と返しました。この会話をきっかけに、私の中で「縁」と「運命...
タイトルとURLをコピーしました