人間・社会 制度と個別性のジレンマを考える 教育や福祉をはじめとする制度は、社会の安定と円滑な運営を支える仕組みとして重要な役割を果たしています。しかし、その一方で、制度が存在する以上、一人ひとりの個別性が軽視されてしまうことは避けられません。制度とは「皆が従う」ことを前提としている... 2025.01.19 人間・社会
仁泉堂医院 減薬を進める上での新たな視点:患者さんからの学び 調子が悪い時こそ減薬を試す意味現在、減薬を進めている患者さんの一人が、風邪を引いて体調不良が続いていました。診察で私は、「体調が回復してから、次のステップとして、もう一段階薬を減らしましょう」と提案しました。しかし、その方は思いもよらない発... 2025.01.17 仁泉堂医院
仁泉堂医院 「眠れない」を症状と捉えることの矛盾について 森田正馬は「思想の矛盾」について次のように述べています。それは「こうありたい」「こうあらねばならない」という思考と、現実の結果が反対になり、矛盾することを指します。この考え方は、私たちがしばしば混同しやすい概念――主観と客観、感情と知識、体... 2025.01.15 仁泉堂医院森田療法
仁泉堂医院 「神経症」と「不安症」の違いを考える:当院で神経症という言葉を用いる理由 「神経症」という言葉は、20世紀初頭、フロイトの時代から使われてきました。この概念は、「脳そのものの疾患ではなく、心理的や環境的な影響による精神的不調」を表すものとして発展しました。同時代の森田正馬も、ヒポコンドリー基調(身体の不快感に敏感... 2025.01.13 仁泉堂医院森田療法精神医学・精神医療
仁泉堂医院 不安症(神経症)治療の国際基準と日本の現状:精神療法の重要性と私の実践 1. 日本の不安症(神経症)治療が抱える問題について不安症は現代社会で多くの人々が抱える課題ですが、その治療法は国によって大きく異なります。特に、日本では国際的に推奨されていない治療が一般的に行われている現状があります。本記事では、不安症治... 2025.01.11 仁泉堂医院精神医学・精神医療
日常 「私」はひとつではない 家にいる私と、診察室にいる私。同じ「私」でありながら、どこか違う。診察室の中でも、診療所の管理者としての私と、治療者としての私ではまた異なる面があるように感じます。さらにいえば、Aさんの診察中の私と、Bさんの診察中の私もまた違う。先月Aさん... 2025.01.09 日常
仁泉堂医院 「一周まわって、何とかなった」——患者さんの言葉に学ぶ人生の回復力 「病気をいっぱいしたから、一周まわって、何とかなったんですかね」これは、ある患者さんの口から出た、非常に印象的な言葉です。この方は数年来、私の元へ通院されていました。過去には睡眠薬や抗うつ薬の服用を続けており、治療の一環として薬を使わない選... 2025.01.07 仁泉堂医院森田療法
日常 筋肉と記憶の繋がりを感じた瞬間 先日、ランニングクリニックで股関節周囲の筋肉をトレーニングしている際、大学ラグビー部時代の記憶が次々と蘇りました。サインプレーの動き、スクラムで相手チームのプッシュに耐えた瞬間、さらには私のディフェンスミスで試合の流れを悪くしてしまった悔し... 2025.01.05 日常運動
仁泉堂医院 仁泉堂のマークに込めた想い 今日は、仁泉堂医院の開業時に私自身がデザインしたマークについて、お話ししようと思います。このマークは診察券や私の名刺にも使われており、ブログのサイドバーのプロフィール欄にも白地に緑色で記されています。このデザインは、「自分の尾に噛み付いてい... 2025.01.03 仁泉堂医院文学・芸術森田療法
文学・芸術 「犬も歩けば棒にあたる」の新解釈 2025年、新たな一年が始まりました。この節目に、「いろは」の「い」にちなむことわざ、「犬も歩けば棒にあたる」を改めて考えてみたいと思います。このことわざは、「江戸カルタ」の冒頭に登場するもので、次のような意味が挙げられます。① 出しゃばっ... 2025.01.01 文学・芸術森田療法