私はトレイルランニングを生きがいの一つにしています。多くの大会の要項には、「自分自身で安全と体調の判断ができること」という条件が明記されています。大会運営側ももちろん救助の手を差し伸べますが、それを前提にして挑戦するべきではありません。実際、レース中盤の休憩所で「リタイアありきの挑戦ではありません」と宣言を求められる大会もあります。
スポーツ中継では、選手が諦めきれずに続行し、コーチや医師の判断でストップがかかる場面が映されることがあります。こうした場面を美談として受け取る風潮には注意が必要だと感じます。
私は医師として、多くの患者さんが「仕事が辛くて休みたい」「ドクターストップ(診断書)が欲しい」と訴える姿を見てきました。以前の私は、その要望に応えることが患者さんのためになると考え、診断書を発行していました。しかし、今振り返ると、それは必ずしも最善の選択ではなかったと思います。
自分の能力や耐久力と照らし合わせて「現状を続けることが難しい」と感じるなら、その決断を自ら下すことが重要です。身体の状態も、社会環境も、思い通りにコントロールすることはできません。しかし、その状況を受け止めた上で、自らの行動を選択することはできます。
もし、決断を他者に委ねてしまったら、自分自身の人生に対する影響力を失い、生きている意味すら見失ってしまうかもしれません。職場での苦境に直面したとき、「診断書さえあれば、休む理由ができる」と考えるのは理解できます。しかし、診断書が職場の権力者と対抗するための武器になるわけではありません。
私が以前診断書を発行した方々の多くは、結果的に無力感を強め、繰り返し休んだ末に退職したり、職場での役割を失ったりするケースが少なくありませんでした。極端な場合、診断書を提出したことで「休んでいいよ」と言われたのに、結果的に自己都合退職に追い込まれた方もいました。
厳しい状況に置かれたとしても、自分の行動の選択権だけは手放さないでください。私たちができることは、本当に限られています。過去を変えることも、未来を完全に予測することもできません。他人や自分の身体でさえ、自由に操ることはできません。
それでも、今この瞬間、自分の行動を選択することはできます。
この選択の積み重ねこそが、自分自身の人生を築く力になるのです。
コメント