仕事は「助け合い」から始まった
私たちが日々の生活の中で関わっている「仕事」や「職業」というものは、そもそも、人と人とが助け合うところから始まったのではないか──そんなふうに、私は考えています。
たとえば、縄文時代を思い浮かべてみてください。
道具を作るのが得意な人、衣服を縫うのが上手な人、狩りや採集に長けている人。それぞれが自分の得意なことを活かし、足りない部分を補い合いながら生きていたことでしょう。言い換えれば、「狩猟採集業」と「道具作成業」のような役割が、すでに存在していたのです。
このような助け合いのなかで、「物々交換」や「作業の貸し借り」といった形が生まれ、それらを公平に調整するための手段として「貨幣」が誕生し、やがて現在のお金や資産という形に進化してきたのではないでしょうか。
感謝を思い出す視点
この視点に立つと、農家の方、製造業の方、庭師さん、美容師さん、自動車の整備士さん、インフラを作る人、建築に携わる人、小売業の人々など、あらゆる職業の方に対して、自然と「ありがとう」という気持ちが湧いてくるはずです。
なぜ感謝が生まれにくいのか?
しかし現実には、「ありがとうございました」と言うのは、お店側ばかり。お客様のほうは無言だったり、当然のような態度をとったりすることもあります。
なぜ感謝の気持ちが生まれないのか。その理由の一つとして、「自分の理想を実現してくれること」を期待しすぎてしまっている、という可能性があると思います。
本来、自分がやるよりも上手だったり、手早かったりするだけで十分ありがたいはずなのに、期待がふくらみ、理想に少しでも届かないと不満を覚える──。その結果、感謝どころか、クレームという形になってしまうこともあります。
助けてくれる人が「見えにくい」社会に
さらにもう一つ、現代において感謝が生まれにくくなっている背景として、社会構造の複雑化もあるのではないでしょうか。
かつてのように顔の見える距離で助け合っていた時代とは違い、今では私たちの暮らしを支えてくれている人々が、物理的にも心理的にも「遠い存在」になってしまっています。
物流やサービス、インフラの背後にある膨大な人々の労力を直接感じることが難しくなっているのです。だからこそ、「誰かに助けられている」という実感が薄れ、自然と感謝の気持ちも湧きにくくなっているのかもしれません。
「お願いする側の心得」として
これは、「お願いする側の心得」として、とても大切なことだと思います。
人に仕事を頼むときは、
- 「やってくれてありがとう」
- 「自分でやるよりも助かった」
という、基本的な感謝の気持ちを忘れずにいたいものです。
お金の先にある「支え合い」
仕事をする側と、お金を払う側。どちらかが上ということはありません。そこにあるのは「支え合い」です。
現代社会では、お金を払うことでその労力を代替していますが、本質は昔も今も変わりません。だからこそ、「お金」とともに「感謝」も忘れずに届けたいのです。
「ありがとう」を意識的に伝える
私自身、時には感謝の言葉を伝え忘れてしまうこともあります。だからこそ、意識して「ありがとう」を伝える日々を過ごしていきたいと思っています。
このように、日々の仕事ややり取りのなかで、少しだけ立ち止まり、感謝の気持ちを添えることで、世界が少し優しくなる気がしませんか?
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