なぜ仕事の相談で、朝食の話をするのか

仁泉堂医院

会社で仕事が重なり、

「やる気が出ない」「もう休みたい」

そう訴える患者さんに出会うことは、決して珍しいことではありません。

仕事の量や内容は、いつも同じではありません。

比較的余裕のある時期もあれば、同時にいくつもの案件を抱えざるを得ない時期もあります。

多くの場合、患者さんは「仕事が多すぎる」という言葉の裏で、

次のような課題を抱えています。

  • すでに手いっぱいなのに、断れない
     (実は「断らない自分」でいたい)
  • いつも通りの丁寧さではこなしきれないと分かっていても、
     質を落とすことができない
     (実は「いつも同じ質でやりたい」)

こうした状態で、

「仕事が多いから」「うつだから」と理由をつけて休むこと自体が、

必ずしも間違いというわけではありません。

しかし、それが唯一の対処法になってしまうと、

仕事が増えたり、複雑な仕事を任されたりするたびに、

再び休まざるを得なくなっていきます。

仁泉堂が「トレーニング」を重視する理由

仁泉堂では、症状を理由に生活や仕事から距離を取ることよりも、

患者さん自身にトレーニングを積んでもらうことを重視しています。

仕事をうまくこなすというのは、

ある意味で「応用問題」を解くことに似ています。

応用問題ばかりに直接取り組み続けても、

なかなか力はつきません。

受験数学と同じで、

さまざまな応用問題に対応できる力を養うには、

まず基礎問題を解く力を身につける方が、結果的に近道になります。

そのため、仕事のことで悩んでいても、

次の診察までの課題は、

あえて仕事そのものではなく、日常生活に置きます。

朝食という「基礎問題」

よく設定する課題の一つが、

「毎日、朝食を食べる」というものです。

ここで求めているのは、

毎日、理想的で完璧な朝食を用意することではありません。

  • 時間と余裕がある日は、栄養バランスを考えて作って食べる
  • 余裕がなければ、前日の残り物で済ませる
  • 出勤時刻が迫っていれば、栄養ゼリーだけの日があってもよい

大切なのは、

状況に応じて現実的な選択肢を持ち、完全に投げ出さないことです。

続けていくうちに、

余裕のある日に作り置きをし、

「温めるだけで済む」形を用意する人もいます。

朝食という基礎問題を通して、

人は自然と、

「一つの正解にこだわらず、現実に合わせて行動を選ぶ」

という感覚を身につけていきます。

朝食の解法は、仕事にもそのまま使える

一方、仕事の問題で苦しくなるとき、

多くの人は次のような考え方に縛られています。

  • 仕事は、いつも同じ質でやらなければならない
  • 引き受けた以上、完璧にこなすべきだ
  • それができないなら、休むしかない

つまり、

「理想的にやる」か「ゼロにする」か、

二択になってしまっているのです。

朝食の基礎問題を毎日解いていくと、

この二択の思考が、少しずつゆるんできます。

朝食で身につくのは、

「できる範囲で続ける」

「形を変えてでも、やめない」

という感覚です。

この感覚が育ってくると、

仕事に対しても、次のような現実的な選択が可能になります。

  • 今日は最低限ここまでやればよい
  • 丁寧さを少し落としても、期限を守る
  • 全部を抱え込まず、部分的に人に任せる

朝食という小さな基礎問題で身についた解法が、

仕事という応用問題にも、そのまま応用されるようになるのです。

基礎を続けると、人生の問題にも向き合える

朝食の課題を欠かさず続けているうちに、

「仕事をこなしきれないのではないか」という不安に、

必要以上に苛まれなくなっていきます。

それでも基礎問題をおろそかにせず、淡々と続けていると、

やがて人は、

「どのように生き、どのように死んでいくか」という、

人生そのもの――

より複雑で、答えの決まっていない「発展問題」にも、

向き合えるようになっていきます。

個人的な経験から

先日、私自身の大学受験を振り返る記事を掲載しましたが、

そこでの反省や学びは、

現在私が行っている森田療法の実践にも、そのまま生きています。

応用問題が組み合わさり、

一見とても複雑に見える発展問題も、

突き詰めれば、

日々の基礎的な行動の積み重ねの上に成り立っています。

仁泉堂は、

その「基礎」を一緒に整えていく場所でありたいと考えています。

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