「子どものために」「家族のために」「困っている人のために」――そう思うと、人は驚くほどの力を発揮します。子どもの弁当を作るために早起きしたり、職場で身を粉にして働いたり、そうした姿は一見美談として語られます。
けれども、その一方で、自分の食事は適当に済ませ、帰宅すれば疲れ切って動けない……。そんな人も少なくありません。他人に献身する姿は立派に見えても、自分を疎かにした生き方は、結局のところ「自分の不足を、気づかぬうちに誰かに補ってもらっている」形になってしまうのです。
ここで大切なのは、「他人のために尽くすな」ということではありません。人間はそもそも、生きている限り、誰かに迷惑をかけながら生きています。「絶対に迷惑をかけてはいけない」と思い込む人ほど、かえって不安に駆られ、加害恐怖のように「迷惑をかけていないか」を確認し続けてしまうことがあります。しかし、森田療法の立場から見れば、迷惑をかけないに越したことはないけれど、ゼロにすることは不可能なのです。
むしろ大事なのは、他人に尽くすときに「自分もまた誰かに助けられている」という事実を意識することです。自分のことをきちんと整えつつ、他人のためにできることをする。そして、迷惑をかけることも、助けられることも、互いに引き受けながら生きていく。それが自然の姿です。
仁泉堂では、そうした考えを体験していただく一環として「屋外清掃セラピー」を行っています。患者さんと一緒に医院周辺のゴミ拾いをする取り組みです。これは単なる清掃活動ではなく、「人の役に立ちながら、自分自身の呼吸を整え、身体を動かし、心を軽くする」実践です。参加した方の多くが「誰かのためにしているはずなのに、実は自分が元気になっていた」と感じられます。
森田療法の視点で言えば、「あるがままに」迷惑をかけながら、それでも自分の課題に向き合い、できる行動を積み重ねていくことが大切です。そのとき、他人への献身は美談で終わるのではなく、自分と他人をともに生かす営みへと変わっていきます。
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