カウンセリングや心理療法の世界では、「自己一致」という言葉がよく使われます。
これは、専門的な用語ですが、実は私たちの日常にも深く関わっているものです。
「自己一致」とは?
自己一致(じこいっち)とは、簡単に言えば、
「自分の中にある気持ちや考えを無理にごまかしたり隠したりせず、そのままの自分でいること」です。
たとえば――
・不安を感じているのに、無理に「平気なふり」をしない。
・怒っているのに、「そんなこと思っちゃダメだ」と抑え込まない。
・本当は迷っているのに、自信があるふりをしない。
そうした「内なる感情や考え」と「表に出す自分」とがズレていない状態、それが「自己一致」です。
ロジャースの自己一致と共感
来談者中心療法を提唱した心理学者カール・ロジャースは、
効果的なカウンセリングの条件として以下の三つを挙げました。
- 自己一致(自分に嘘をつかないこと)
- 無条件の肯定的関心(相手を否定せず受けとめること)
- 共感的理解(相手の立場に立って、相手の視点で物事を見ること)
ロジャースは、これらが同時に成立することで、クライアントが安心し、自らを見つめ直すことができると考えました。
しかしこの三つをすべて実現するのは、セラピストにとって非常に高いハードルでもあります。
特に、自分自身が自己一致していなければ、他者に真に共感することはできないのです。
森田療法における「自己一致」
一方、森田療法では「共感」よりも、まずセラピスト自身のあり方が重視されます。
患者の言うことに同調したり、感情をわかろうとするよりも、
セラピスト自身が不安や葛藤を抱えながらも、現実に即して行動していることが重要なのです。
ここで言う「自己一致」とは、
矛盾や不安を抱えた自分を受け入れたうえで、思考に巻き込まれず行動を選び取る姿勢です。
それをセラピスト自身が体現していることが、森田療法の根幹にあります。
自己一致したセラピストが伝えるもの
たとえセラピストが言葉で共感を示さなくても、
「この人は自分に嘘をついていない」
「不安があってもそれに負けずに生きている」
そんな雰囲気が、クライアントにとって何よりの支えになると思うのです。
森田療法が大切にしているのは、ロジャースの掲げたような理念ではなく、行動を通じた生の力への信頼です。
おわりに
ロジャースは、自己一致と共感の両方を求めました。
それは非常に難しい理想であり、逆に言えば、セラピスト自身が深く成熟している必要があります。
一方、森田療法は「自己一致が最優先」。
まず、セラピストが自分の内面とずれずに、今この場にいること。
それこそが、治療的な関係の出発点になるのだと、私は考えています。
コメント