最近は、「ストレス」という言葉が日常的に使われるようになりました。診察室でも、患者さんからこんな言葉をよく耳にします。
「上司の態度がストレスで…」
「あの出来事が本当にストレスでした…」
一見、よくある表現のように思えるかもしれませんが、この「ストレス」という言葉の使い方には注意が必要です。実はこの言葉があいまいなまま使われることで、かえって問題の本質が見えにくくなってしまうことがあるのです。
本来の「ストレス反応」とは?
「ストレス」という言葉は、カナダの生理学者ハンス・セリエが提唱した生理学的概念に由来します。
彼によれば、ストレスとは「外界からの脅威や変化が生体に生じさせる歪みとそれに対する反応」のこと。つまり、「ストレス」とは身体側に生じている現象のことであって、出来事そのものではないのです。
このとき、身体では次のような反応が起きています:
- 自律神経の反応(交感神経優位)
- 副腎皮質ホルモン(コルチゾールなど)の分泌
- 心拍数や血圧の上昇 など
これらはすべて、生き延びるための準備です。つまり、本来の「ストレス反応」は、危機に直面したときに生じる生理的な反応なのです。
「ストレス」という言葉の誤用が引き起こすこと
現在では、「不快」「怒り」「戸惑い」「納得できない」など、さまざまな感情や出来事をすべて「ストレス」と一括りにしてしまう傾向があります。
しかし、これにはいくつかの弊害があります。
1. 問題の詳細がぼやける
「ストレスだった」という表現では、
何が起きたのか/どのように感じたのか/どう対応すればよいかが分かりづらくなります。
2. 感情と出来事の区別がつかない
出来事と反応が混ざってしまい、
「怒ったのか」「困ったのか」「傷ついたのか」がはっきりせず、心の整理が進みません。
3. 責任の所在が曖昧になる
「上司がストレス」という表現は、
相手の行動と自分の反応との区別をあいまいにし、対人関係の混乱を助長する場合があります。
「ストレス」を具体的な言葉に言い換えてみる
私は診療の中で、「ストレス」という言葉の使用を否定はしませんが、より具体的な言葉に置き換える提案をしています。
たとえば:
- 「それは“ストレス”というより、“その時、不快に感じた”ということでしょうか?」
- 「“受け入れがたい出来事だった”と表現すると、少し整理しやすくなりませんか?」
このように言い換えることで、
自分の感情が明確になり、対処法も現実的になります。
言葉の選び直しが、心の整理の第一歩
私たちの心は、具体的な言葉で表現されることで整理され、落ち着いていきます。
「ストレス」と言いたくなったとき、あえて次のような言葉に置き換えてみるのはいかがでしょうか?
- 「腹が立った」
- 「納得できなかった」
- 「不安だった」
- 「自分の価値観と違った」
これらはすべて、自分の内側にある反応を表す正確な言葉です。
その言葉を丁寧に扱うことで、気づかなかった感情や価値観、解決への道筋が見えてくることもあります。
おわりに
便利な「ストレス」という言葉を少しだけ手放してみる。
その先に、自分の本当の気持ちや、生きやすさのヒントが見えてくることがあります。
日常のなかで心が動いたとき、ぜひ一度立ち止まって、「それは本当にストレスだったのか?」と問い直してみてください。
その言葉の選び直しこそが、回復への第一歩になるかもしれません。
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